中谷彰宏氏の言葉。

かっこよく見られたいと思ううちは、かっこ悪い。
かっこ悪くてもいいと思う人が、かっこいい。
 
自分の余命を知った人は、限られた財産と時間を、
人のために使うようになる。
 
もっとも相手の心に残る言葉は、
相手の名前を呼ぶことです。
 
相談する人が求めているのは、
アドバイスではなく、聞いてくれることだ。
 
静かなところで大声で話している人に、
歌のうまい人はいない。
 
悪口もイタズラ電話と同じで、人間の知能を低下させます。
ほめる言葉や愛の言葉を常に話している
人の知能はどんどん向上していくのです。
 
草野球でフォアボールを選ぶことほど、
つまらないものはない。
 
才能はお酒と同じ。
時間をかけて腐らせたものが、人を酔わせる。
 
値切ることで自分の評判を値切っている。
 
一番最初に書くものが、
一番エネルギーに満ちているのです。
 
良いこと言うな〜この人は。
 

「プラトンの饗宴」Vol.4

プラトンの饗宴[その4]
 
普段、私たちが目にし、拘っているものとは、人が作り出した小さなルールに基づいている。本当の美に気づいている人など、ほとんど居ないのです。ひとつの方向だけを見て、縛られて生きています。そこから一歩外に出たところに、イデアは存在します。
 
二千年以上前に、このような哲学を説いた先輩がいるのに、なぜ、今の私たちは、その教えを活かせないのでしょう?なお「プラトンの饗宴」に関する記事は、書きかけです。今後考えが深まったらまた追記します。
 

「プラトンの饗宴」Vol.3

プラトンの饗宴[その3]
 
愛を成長させることが大切です。
 
まず肉体の美を愛すること。ひとつの肉体にとらわれず、多数の美を知り、愛しなさい。
次に魂の美を愛すること。美とは見た目だけではなく、心や、行いの美しさを愛しなさい。
さらに様々な知識の美しさを愛しなさい。全部にまたがるような大きな美しさを感じなさい。
そして最後に「美そのもの」に出会うことができる。永遠・不変・絶対の美=美のイデアを知ることができる。それは究極の本質「理想」を求めることに通じる。
普段、私たちが目にし、拘っているものとは、人が作り出した小さなルールに基づいている。本当の美に気づいている人など、ほとんど居ないのです。ひとつの方向だけを見て、縛られて生きています。そこから一歩外に出たところに、イデアは存在します。
 
二千年以上前に、このような哲学を説いた先輩がいるのに、なぜ、今の私たちは、その教えを活かせないのでしょう?

「プラトンの饗宴」Vol.2

プラトンの饗宴[その2]
 
◎哲学「philosophy」とは、知恵を愛すること。
◎賞賛や利益を得る目的からは、本当の愛は産まれない。
◎人は「自分が持っていないものを持っている人」に惹かれる。
◎すべての人は魂をもって、何かを産み出すことができる。
◎愛するとは、誰かと、何かを産み出すことだ。
◎生きることは、何かを産み出し続けることだ。
◎人は無知から知恵(智慧)に向かって生きている。
◎「智慧」とは物事をありのままに把握し、真理を見極めること。
 
人が生まれて死ぬまでを人生と呼びます。人はその人生を、何のために生きるのでしょう。人はなぜ、学び努力するのでしょう。人はみな死を恐れ、不死を望むのでしょうか。
 
簡単に書き出したプラトンの教え。これを何回も読み返すうちに、きっかけを掴めると思いました。

「プラトンの饗宴」Vol.1

プラトンの饗宴[その1]
 
2400年前古代ギリシアの哲学者プラトンにり書かれた「饗宴」は、人間とは何か?生きるとはどういうことかを教えてくれます。人生は、考えても…考えても分からない。それでも、考える続けることが大切だと思います。
 
私がブログに書くことは、私なりに理解したことであって、万人に通じるものではありません。残された人生を有意義に過ごすために、私は考え続けることにしました。すごくややこしくて、難しい感じもするでしょうが、それが…ちょっと違います〜。このようなことを、ぼんやりと頭に描いて生きるだけなのです。人生に深く悩まないために、考えているのです(笑)

三河の鎌田・深津氏を研究

※この記事は書きかけです。
徳川家などを輩出した現愛知県東部である三河国深津郷が起源(ルーツ)である、中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)。藤原南家。ほか清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)頼光流、武田氏流などにもみられる。
 
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天台宗の教えから学ぶ

  • 忘己利他(もうこりた…己を忘れて他を利する)
  • 他人を大切にすることこそ、自分を大切にすることになる
  • 和顔愛語(おだやかな笑顔と思いやりのある話し方で人に接すること)

 
瀬戸内寂聴さんが好きで、この言葉を心に置いています。「幸福な王子」とは少し違う感じです。人のために尽くすなら、まず自分を優先し大切にし、ちゃんと愛してください。それができてこそ、無理せず人を愛すことができます。
 
忘己利他は「自分のことは忘れられるような状況を作って、人のために働く」と、勝手に解釈してます。

フラクタル(幾何学の概念)

ジャスパー・ジョーンズもこの「フラクタル」理論を用いた。
図形の部分と全体が自己相似になっているものなどをいう。
多くの人がこの「フラクタル」に安定感・心地良さを感じるという。
 

  • フランスの数学者ブノワ・マンデルブロ が導入した幾何学の概念。
  • 図形の部分と全体が自己相似になっている
  • 樹木の枝分かれはフラクタル構造
  • 血管の分岐構造や腸の内壁などはフラクタル構造

言志四録(げんししろく)

佐藤一斎(さとういっさい)
美濃国岩村藩出身の著名な儒学者。
(1772-1859)
 
言志四録(げんししろく)は四十余年にわたり記した随想録。西郷隆盛の終生の愛読書。人間の生き方、豊かな人生を送るための心構え、政治法律、学問修養、倫理道徳など、まさに多種多様。
 
▼三学戒

少(わか)くして学べば、則(すなわ)ち壮にして為(な)すことあり
壮にして学べば、則ち老いて衰えず
老いて学べば、則ち死して朽ちず
 
幼い頃から勉強しておけば、
大人になって良い仕事ができる。
大人になってから更に学べば、
老人になっても力は衰えない。
老年になってまだ学べば、
自分の死後も次の人々に引き継がれていく。

葉隠(はがくれ)

「葉隠」(はがくれ)は、江戸時代中期(1716年ごろ)に出された肥前国鍋島藩藩士、山本常朝(つねとも・出家後じょうちょう)の武士としての心得について見解を「武士道」という用語で説明した言葉を田代陣基(つらもと)が筆録した。
 
「恋の至極は忍ぶ恋と見立て候」
「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」
 

  • 全11巻。葉可久礼とも書く。
  • 同時代に著された大道寺友山『武道初心集』とも共通するところが多い
  • 鍋島藩祖である鍋島直茂を武士の理想像として提示している
  • 処世術のマニュアル本としての一面もある

ウェブデザインを考え直す。

ウェブデザインについて、もう一度考え直す必要を感じました。今年になって、ひとつ大きな失敗をおかし、それからずっと考えていました。
 
ウェブデザインは広告手段のメディアとして受注することがほとんどで、クライアントの希望にかなう仕事をすることが第一であることは言うまでもありません。それはもっともな考えであると断定しても、作者により出来上がるデザインのテイストや、構成は大きく左右されます。よって、クライアントの要望をすべて自分が達成することも難しいことです。
 
これまで自分が求めてきた仕事は、大まかに見て「訪問者に何を伝えるべきか」を中心に考え、クライアントの要望をそこに上乗せするというものです。この「訪問者に何を伝えるべきか」を考える作業は、時間と体力を要します。しかし、そのポイントをうまく表現できた時には、クライアントから賞賛されます。
 
少し整理しますと、こういうことです。クライアントの望むものを作っているのではなく、訪問者に喜んでもらえるよう作っているのです。それにはまず、対象の特長を良く理解し、好きになり、こんな素晴らしいものがあるので、それを大勢の人に見て知ってもらいたいという願望を叶える仕事をするということです。
 
こういうことを考え始めたのは、ウェブデザインをするようになってからです。もちろんグラフィックデザインでも同じようなことが言えますが、グラフィックはもう少し振り幅が広い感覚です。それは、ウェブデザインが「画一的」になりがちなメディアだと言うことにも関係します。小奇麗にウェブデザインが出来る技術を身に付け、毎日同じような作業にあけくれると、力を感じるデザインが出来なくなるような気がします。そこで、どの仕事でも対象をよく理解し、自分にしか出来ない仕事をするように心がけるようになったのです。
 
失敗した理由は自分のデザインが受け入れられなかったことに起因しますが、上記のようなプロセスが通用しない場合もあったということで、割り切るようにしています。自分なりに失敗を検証し、反省すべき点は直そうと思いましたが、萎縮しすぎて自分を見失ってしまってはいけません。失敗後も、ひとつひとつ新しい仕事に真正面から取り組み、自分らしい仕事ができていると評価しています。

人を楽しませる仕事

例えば芸人、落語家など、人を楽しませる仕事を職業としている人の話を、インタビュー番組などでずいぶん見たことがある。その中でも印象的なのはアニメ映画の監督が「自分が楽しんで作ることはない。極限まで苦しむ」と語っていたこと。
 
デザイナーは、人を楽しませることができる仕事だと思う。子供の頃、画用紙に絵を描き、自作ですごろくや野球盤のようなゲームを作ってよく遊んだ。絵を描くことは得意だったが、盤上の工夫をおろそかにすると、ゲームが成立しなかったり、一緒に遊んでいる友人から「意味がわからない」「面白くない」とクレームを出されたものだ。改良する場合もあるが、根本的に「つまらない」と気がつくと、改良を放棄したことが多かった気がする。
 
自分が楽しみたいと思って作ったゲーム。確かに作っている時は楽しかった。しかし、一緒に遊んでくれるプレーヤーに「楽しさが伝わらない」ものを作ったのでは、意味が無い。と小学生の僕は学んだ。

名の由来「藤沢秀行」さんの死

自分の名の由来である人物で有名な棋士(囲碁)の藤沢秀行さんが09年年5月に亡くなりました。

父親が大の囲碁ファンで、自分にその想いを託したのでしょう。ちなみに自分は三人兄弟の二男。兄は祖母から一字をもらい命名され、二男の自分の時には父親の意思で命名できたのがその理由ではないかと推測します。しかし少年時代の自分は囲碁には全く興味を持たず、大人になるまでこの人物には無関心でした。父親は落胆したでしょうね。30歳を過ぎた頃から、少し気になり始め、彼が題材のテレビ番組などは見るようになった気がします。

この「藤沢秀行」なる囲碁界の巨星を表現した言葉として…

「天才と狂気」「破天荒」「問題行動」「破滅的」「ギャンブル狂」「借金王」「囲碁界最悪の酔っ払い」など。かなり型破りな人生を送ってきたと思われます。
しかしその反面後進の育成に力を注ぎ、彼を「秀行(しゅうこう)先生」と慕い師と仰ぐ棋士は数えきれません。固くて手厚い囲碁を目指した棋風と、精神性を強く求めた後進育成。それでいて人生は真似しちゃいけないことだらけ。
そんなことを1963年に自分が生まれた時点で、父親がどれほど意識していたかは不明ですが、この方のお言葉は、やはり自分の心に響くのです。

▼藤沢秀行先生の残したお言葉
戦って戦って戦い抜けと言っている。
戦いを避ける技は、
後になってからでも身につく。
体調のいいときに戦うのは当たり前の話で、
戦えないような状態でも戦える男にならないといけない。
計算のできる人生なんておもしろくもなんともない。
危険な芽を摘むことは、可能性の芽も摘むことでもある。

▼これは死の直前に書かれました。もう喋れなくなってからのことだそうです。
「強烈な努力」
この言葉は重いです。シンプルですが限りない可能性を求める言葉だと感じます。とんでもないパワーですね。「まだまだ死ねんよ、君は。」と言われた気がしました。
以上、自分の名前の由来である人物のお話でした。