危険を察知する嗅覚

大げさな記事タイトルですが、とても大切なことです。
 
自分はそれほど神経質ではなく、私生活ではかなりヌケていると自負していますが、こと仕事においては「危険を察知する嗅覚」を磨く努力は惜しみませんでした。フリーランスで長年やっていましたが、明日の保証、来月の保証、来年の保証が全くないわけでして、将来に対する不安はサラリーマンの比ではありません。
 
それでは「危険を察知する嗅覚」とは何か?わかりやすく表現すると「このままだとヤバい」という予感です。たとえば自分の仕事がクライアントが求めるクオリティに達してないのではないか?という不安、このまま放っておくと、カネがもらえないのではないか?という不安。この仕事を断ったら、干されるのではないか?という不安。
 
10年以上フリーランスをやってましたが、そのような不安はほぼ当たっていました。単に気が弱いだけなのかもしれませんが。でも実際にその間に消えて行った同業者もたくさん見ています。自分が生き残って行くためには、常に危険を察知し回避することだと本能的に感じていたのでしょうか。
 
しかし感じるだけでは解決できません。デザインの品質が危ないときは「より良いデザインを」おカネがもらえない危険には「お金を請求する強い心を」この仕事を断ったら干される危険は「なるべく断らない(カラダを鍛える?)」などなど、危険が迫ってからでは対応できない「準備」が必要なのです。心技体とは良く言ったもので、デザイナーもさまざまな部分で自分を鍛えておかないと、長続きできない職業のひとつです。
 
その「危険を察知する嗅覚」は、何も精神論ばかりにあてはまるものではありません。デザインとは「危険を回避する」と同じ作業かもしれません。常に「奇麗に見えなくなる危険性」「意味が通じない危険性」「間違いが起る危険性」がつきまとい、気づかずに作業をすすめると自分が「使えないデザイナー」になりかねません。僕がデザインを進める段階で良く考えるのは常に「選択」を外さないこと。要するに二つ以上のアイデア(手法・引き出し)を持ち、危険な方向に向かわないように舵を取ることです。

小きな失敗、大さな失敗。

小さな失敗を恐れて、人は生きているのだろうか?

自分は「失敗の大小」は、後にわかること。交通事故のように、一瞬にしてその「失敗の大小」が感じられることは別にして、日常生活の中で起こす失敗について、その失敗は大きいのか、小さいのか?おそらくそれは、起こした失敗をリカバーするのに要する苦労により決まると思う。
 
なるべく小さい失敗を繰り返しながら生きてゆこうと思う。自分の力でリカバーできないような失敗は、気をつけていればよっぽど起らないものだ。ただひとつ、注意しなければならないのが、失敗のリカバーは人に委ねなければならないことも多いということ。無理して自分ですべてを解決しようとすると、さらに大きな失敗につながることも多い。
 
小さな失敗をしながら生きることは、大きな失敗を防ぐ。その失敗を大きいと感じなければ、もっと大きな失敗もリカバーできる。これは僕の持論だ。

人を楽しませる仕事

例えば芸人、落語家など、人を楽しませる仕事を職業としている人の話を、インタビュー番組などでずいぶん見たことがある。その中でも印象的なのはアニメ映画の監督が「自分が楽しんで作ることはない。極限まで苦しむ」と語っていたこと。
 
デザイナーは、人を楽しませることができる仕事だと思う。子供の頃、画用紙に絵を描き、自作ですごろくや野球盤のようなゲームを作ってよく遊んだ。絵を描くことは得意だったが、盤上の工夫をおろそかにすると、ゲームが成立しなかったり、一緒に遊んでいる友人から「意味がわからない」「面白くない」とクレームを出されたものだ。改良する場合もあるが、根本的に「つまらない」と気がつくと、改良を放棄したことが多かった気がする。
 
自分が楽しみたいと思って作ったゲーム。確かに作っている時は楽しかった。しかし、一緒に遊んでくれるプレーヤーに「楽しさが伝わらない」ものを作ったのでは、意味が無い。と小学生の僕は学んだ。

制作者が何を考えているか?

デザインを見ていると、制作者が何を考えているかわかる時があります。その延長上には「誰のためにデザインしているのか」まで見えてくることもあります。
 
かつて広告代理店の方から「クライアントのご意向は絶対」だと申しつけられ、反論したこともあります。
 
自分のデザインは、ほとんどのケースで「見てくれる人」を第一に考えます。「見てくれる人」が何かを感じ取ってくれるように考えることは非常に大切です。一見美しく見えるデザインでも「見てくれる人」に何も伝わらない場合があります。それは、まず自分が「見る側」になっていないからでしょう。

名の由来「藤沢秀行」さんの死

自分の名の由来である人物で有名な棋士(囲碁)の藤沢秀行さんが09年年5月に亡くなりました。

父親が大の囲碁ファンで、自分にその想いを託したのでしょう。ちなみに自分は三人兄弟の二男。兄は祖母から一字をもらい命名され、二男の自分の時には父親の意思で命名できたのがその理由ではないかと推測します。しかし少年時代の自分は囲碁には全く興味を持たず、大人になるまでこの人物には無関心でした。父親は落胆したでしょうね。30歳を過ぎた頃から、少し気になり始め、彼が題材のテレビ番組などは見るようになった気がします。

この「藤沢秀行」なる囲碁界の巨星を表現した言葉として…

「天才と狂気」「破天荒」「問題行動」「破滅的」「ギャンブル狂」「借金王」「囲碁界最悪の酔っ払い」など。かなり型破りな人生を送ってきたと思われます。
しかしその反面後進の育成に力を注ぎ、彼を「秀行(しゅうこう)先生」と慕い師と仰ぐ棋士は数えきれません。固くて手厚い囲碁を目指した棋風と、精神性を強く求めた後進育成。それでいて人生は真似しちゃいけないことだらけ。
そんなことを1963年に自分が生まれた時点で、父親がどれほど意識していたかは不明ですが、この方のお言葉は、やはり自分の心に響くのです。

▼藤沢秀行先生の残したお言葉
戦って戦って戦い抜けと言っている。
戦いを避ける技は、
後になってからでも身につく。
体調のいいときに戦うのは当たり前の話で、
戦えないような状態でも戦える男にならないといけない。
計算のできる人生なんておもしろくもなんともない。
危険な芽を摘むことは、可能性の芽も摘むことでもある。

▼これは死の直前に書かれました。もう喋れなくなってからのことだそうです。
「強烈な努力」
この言葉は重いです。シンプルですが限りない可能性を求める言葉だと感じます。とんでもないパワーですね。「まだまだ死ねんよ、君は。」と言われた気がしました。
以上、自分の名前の由来である人物のお話でした。