そもそも舞台版「殺人処方箋」とは?
現在テレビやDVDで見ることができるパイロット版「殺人処方箋」より6年前の1962年に、トーマス・ミッチェル主演の舞台版「殺人処方箋」が上演され成功しています。その舞台版「殺人処方箋」を焼き直したのが、私たちに馴染み深い「ジーン・バリー=精神科医フレミング」のテレビ・パイロット版です。(さらに遡る1960年のテレビ番組も存在しますがここでは割愛します。)
2021年、舞台版「殺人処方箋」が日本初上演
ひょんなことから、このお芝居を客席で見ることができました。久しぶりに「ぼろんこブログ」のコメントにお返事を書こうと思い、必要にかられ「日本」「プジョー」「コロンボ」などで検索をしていました。その過程で『舞台版「殺人処方箋」が日本初上演』が検索結果にヒットしました。興味津々で早速その記事を読みますと「さつまいも」というユニークな名前の出演者を見つけました。ひょっとすると友達のことかもしれないと思い、彼女のFacebookを覗いたら、彼女も同様の告知を出していたのです!
舞台版とテレビ版の違い
さっそく「さつまいも」さんに連絡し、ぜひ見に行きたいと伝えました。すると彼女から「テレビ版とは違うので、大目に見てください」とアドバイスをいただき、予備知識としてこの舞台版「殺人処方箋」を再勉強してみました。
舞台版とテレビ版の違いは多数あります。舞台はLAではなくニューヨーク、そして主役はコロンボではなく「犯人の精神科医フレミング」の方でした。そして私たちにとって「絶対的な存在:コロンボ=ピーターフォーク」でもありません。当時すでに名優として評価の高かった「トーマス・ミッチェル(70歳)」がコロンボを演じています。一方フレミングを演じたのはこれも有名な俳優「ジョゼフ・コットン」。44話「攻撃命令」で話題となるオーソン・ウェルズの「市民ケーン」にも出演しています。
なぜか役名がほぼ違う
精神科医=ロイ・フレミング(レイ)
殺害される妻=クレア・フレミング(キャロル)
共犯の女優=スーザン・ハドソン(ジョーン)
地方検事=デイブ・ゴードン(バート)
私のお友達「さつまいも」さんは、スーザン(ジョーン)・ハドソンを演じました。これはホール外のホワイエ(ロビー)に掲示されていたものです。もちろん撮影禁止であったため、このブログには演劇の様子は掲載できません。私のお友達「さつまいも」さんは「スーザン」をとても魅力的に演じていました。シーンごとに衣装も違い、夫人に似せた扮装などなど、目を奪われるほどの艶やかさでした。
もっとも大きい相違点
もっと違うところは「ストーリー」です。概ねジーン・バリーのテレビ版と同じ展開ですが、ラストが大きく異なります。言い換えれば「テレビ版」が「舞台版」通りのストーリーを採用しなかったのです。本来(舞台版)はどうであったか?ここでは書けません。そのテレビ版と異なるラストシーンを肉眼で見た時、ちょっと驚いたし、感動しました。テレビ版のように「スカッと落とした感じ」ではなく、後でじわじわくる感動です。今も余韻が残っています。
これについて書かれたものをネットで読みますと、舞台とテレビの質的な違いなど、なるほど頷ける背景もありました。興味がある方は、それらをお読みください。
その後、ピーター・フォーク版で大成功
評判だったトーマス・ミッチェルは舞台版出演の1962年に70歳で他界。1968年テレビ版の後任候補には、なんと「ビング・クロスビー(65歳)」の名前が挙がっていました。しかしテレビ局の推薦もあり当時40歳のピーター・フォークが抜擢。その後、見事シリーズ化され大成功しました。彼がこの時40歳だっからこそ、どんどん円熟していったのです。
劇団フーダニット「殺人処方箋」〜刑事コロンボ登場〜を観て
とても素晴らしいものを観せていただきました。まるで自分が1962年に戻ったかのよう。日本人が演じるコロンボ劇であっても、フレミング、夫人、共犯者の女優ハドソン、あのパイロット版の出演者のように見えてきます。コロンボはピーター・フォークに寄せていません。レインコートに帽子姿は、舞台版とテレビ版を合わせた感じでしょうか。でも不思議‥途中からピーター・フォークに見えてきました。
それにフレミングの秘書、地方検事を加えた最小の人数で見事に、この舞台版「殺人処方箋」を再現してくれました。登場人物の多くが「喫煙家」であり、舞台上でもそれを再現していたことも感心しました。コロンボをちゃんと「警部補」と呼んだりするこだわりも感じました。話によると「再上演の予定はない」そうですが、少し寂しい気もします。
木曜にたまたま「プジョーコンバーチブル403の外見で、燃費のいい現在の日本車エンジン搭載が理想の車です」というコメンテーターさんへのお返事ネタ探しから始まり、「日本」しか共通点のない、『舞台版「殺人処方箋」日本初上演』を観られたこと、これはミラクルな出来事だったのかもしれませんね。
はじめまして。めとろんと申します。
私も観ました!
劇団フーダニットのこだわり、素晴らしかったですね。ぼろんこ様の愛情あふれる批評に、いつも感動していました。また、伺います。よろしくお願い致します。
めとろんさん>そうでしたか!
テレビ版コロンボの「ルーツ」のようなものを感じましたね。
レビンソン&リンクの
短編集「皮肉な終幕」の一編「愛しい死体」を読みました。
1960年の作品で 、これが→Enough Rope (コロンボ初登場
1960TV )→舞台版→TV 1968版
に変わっていったらしいです。
犯行経緯は同じですが
、結末が全く違っていて、「!」て楽しめると思います。ジーン・バリー犯人を思い描きながら読むと驚けます。
「皮肉な終幕」「突然の奈落」は
L&Lが50年代からヒチコックマガジンなどに書いていたクライム、サスペンス話を日本で 編集し直した物で巻末の「コロンボ誕生の経緯、ヒチコックとの関係~」などの興味深い解説も読み応え充分です。
それとL&L 脚本TV ドラマについて。
「殺しのリハーサル」(1982 )。
子供の時にT見て面白かったのをYoutube で再見しまた。
ジェフ・ゴールドブラムと ラストの引っかけがコロンボ的!とだけ覚えていたのですが、
フーダニットのほぼ舞台劇なのに
なつかしいコロンボ風味があるのは
音楽がビリー・ゴールデンバーグだからというのもあるかもしれません。
「リハーサル」と並んで評判の高い「殺しの演出者」(1979キャサリン・ロス、ハル・ホルブルック、リチャード・アンダーソン)、
「Guilty Conscience 」(1985アンソニー・ホプキンスvs. ブライス・ダナー)も
見たくてしょうがないの
ですが…
どなかご覧になってますかしら?
追記いたします。
Guilty ~の音楽もビリーさんで
「殺しの演出者」は
ディック・デ・ベネディクティス担当ということです。
The Cooler Kingさん、訂正しました。追記のみ残しております。(業務連絡)
YouTubeにあがってるので見ました。面白いです。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、前半シリアスドラマから後半ブラックコメディになる感じ。メイン3名の役者が舞台で演じている感もあります。最後のサポライズは予想できる人も多いのでは。音楽はコロンボ味あります。
ここにいいねボタンが有ったら100回くらい連打したと思います。
上手く言葉に出来ませんが、ぼろんこさんのコロンボ愛がこの出逢いを引き寄せた感が半端ないです。
Kosukeさん>ありがとうございます!
殺人処方箋の舞台版があることは以前から聞いていましたが、まさか日本でそれが上演されることになるとは驚きです。
しかもぼろんこさんのお友達が参加しているなんて偶然の一致にしては凄すぎますね。ぼろんこさんはコロンボと見えない糸で繋がっているに違いないです!(笑)
トーマス・ミッチェルの舞台版の成功があっての、テレビシリーズ化なんですね。ビング・クロスビーが演じていたら、どうなっていたか…調べたところ、彼は1977年に74才で亡くなっているので、これほど長くシリーズ化されなかったでしょう。
ピーター・フォークは、40歳前半から約30年間、コロンボをライフワークとして演じ続けていたのですけれども、並大抵のことでは無かったと思います。体力的にはもちろん、常にコロンボのイメージが付きまとうのは避けられないですから。
旧シリーズが終わって10年くらい空白があり、彼はその間他のお仕事を精力的にされています。しかし結局、再び新シリーズでコロンボを演じることになります。私はどういう経緯で彼がまたコロンボを引き受ける心境になったのか興味があるので、いつか彼の自伝を読んでみたいと思っています。
まさこさん、こんばんは!
私も同じことを考えました。舞台版「殺人処方箋」はまるで0話のコロンボみたいなもの。1話のパイロット版を、40歳そこそこのピーター・フォークが演じたからこそ、私たちはこれほど多くのコロンボを見られたのですね。
ぼろんこさん
ご投稿を興味深く読ませていただきました。舞台版「殺人処方箋」上演を偶然見つけられ、更にお知り合いが出演され、その上タイムリーにご覧になり、まさに奇跡ですね。
このエピソードの経緯を存じ上げず、刑事コロンボの歴史を紐解く上で、大変勉強になりました。
観劇をギリギリまで迷ったのですが叶わず、再上演の予定はないとのことで返すがえすも残念でなりません。しかしぼろんこさんの文面から、舞台の雰囲気がよく伝わり嬉しくなりました。
ご多忙の中、詳細を教えていただきまして、ありがとうございました。
フリットミストさん、この舞台版に関わった方々は、私たち同様いやそれ以上に「殺人処方箋」にこだわっておられました。またいつの日にか、機会がありましたらぜひお会いしたいですね。