26話「自縛の紐」

An Exercise in Fatality / 1974

健康クラブの経営者マイロ・ジャナス(ロバート・コンラッド Robert Conrad)が加盟店のオーナーであるジーン・スタッフォード(フィリップ・ブランズ)氏を殺害。

悪人マイロに、コロンボ警部が激怒!

マイロは不正な経営で私腹を肥やしていて大金を持ってスイスに高飛びする予定だったが、それをスタッフォードに見抜かれ、破滅が決定的になり殺してしまいます。かなりの悪人が迎えた結末ということですが、「激怒するコロンボ警部」を見ることもできます。

激怒する直前の成り行きを何度も繰り返し見ましたが、必然性は感じませんでした。スタッフォード夫人(コリン・ウィルコックス)に対する同情が引金となっていますが、その割には背景を描ききれていない気がします。コロンボ警部は15話「溶ける糸」でも激怒しますが、こちらは納得できました。

ほのぼの笑えるシーン

事件のカギを握るルイス・レーシー氏(ダレル・ツワーリング=23話「愛情の計算」にも出演)の元勤務先トライコン工業社の受付嬢とのやりとりは笑えます。70年代のコンピュータはあんなに巨大だったのですね。これは「トータルデータ検索システム」だそうで…凄い。このシーンはTV版ではカットされたようです。

エド・マクレディ

トライコン工業社の警備員は「エド・マクレディ」で、その後の新シリーズで多数出演してる俳優さんです。ちょい役ばかりですがとても印象に残る素敵な俳優さんです。

 

少し納得しかねるシーンなど…

コロンボは病院で子どもとお母さんの会話を見た時に「自縛の紐」のトリックを暴きますが、「そうか、わかった!」的な描き方であまり好きではありません。もう少しさり気ない演出をしてくれたらな~って思いました。決め手の他に「着替えを知っているのは犯人である証拠」だと力説する場面は、かなり迫力あるシーンです。よく聞かないと意味が分かりませんが、それでも論理の筋立てや話し口調など、犯人を「落とす」パワーは並々ならぬものを感じました。

邦題「自縛の紐」考察

タイトル「自縛の紐」は、上手い邦題だと思いますが「決め手のまんま」。これも15話「溶ける糸」との共通点です。最初にこの作品を見た当時は小学生だったでしょうか、「自爆」だと思っていました。原題はAn Exercise in Fatalityで直訳は「死の中のエクササイズ」と出ました。他でも詳しく語りますが、コロンボシリーズの邦題には「△△の☆☆」というスタイルがたいへん多く、△△の部分にこのような普通に使われない名詞「自縛」を用いたことは、興味深いですね。

少し寂しげな表情が印象的な秘書ジェシカ

マイロ・ジャナスの秘書で愛人のジェシカ・コンロイ(グレッチェン・コーベット)は20話「野望の果て」に出てくるヘイワード夫人の秘書のリンダ(ティシャ・スターリング)と雰囲気が似ていました。

でもジェシカはマイロ・ジャナスに対し、リンダのように絶対的な信頼を寄せている感じではなく、常に戸惑いのような表情を見せていました。
 

口笛で、THIS OLD MAN♪

また、コロンボ警部が海岸を歩くシーンでは、ピーターフォークの「THIS OLD MAN」の鼻歌が吹き替え無しで披露されています。
「THIS OLD MAN」について
マリブビーチにあるマイロ・ジャナス邸
マイロ・ジャナスはマリブビーチに住んでいて、なんとご近所に「指輪の爪あと」の探偵のブリマー邸もあります。

怒りながらも、犯人を追い込んでゆく?

以前『美しいコロンボ劇にはなっていません。美しく感じないもっと大きな理由は「激怒するコロンボ警部」です。』と書きましたが、そうでもなかったです。もう一度見直すと『怒りながらも、犯人を追い込んでゆく』ように感じました。『スタッフォード夫人の緊急入院』で怒ったことも、不要なシチュエーションとまで言えませんね。また、冒頭からコロンボ警部は不機嫌な雰囲気で登場しているのも面白い(早朝に呼び出されてとのこと)です、このような登場シーンは多いですね。

清掃員のマーフィ

健康クラブの清掃員:マーフィ(ジュード・フェアズ)が素敵です。コロンボの捜査に迷惑そうに応対するが徐々に協力的に転じ、茶色の靴底の推理では「たいしたもんだわ」と感心していました。

ジュード・フェアズ

このジュード・フェアズは20話「野望の果て」コロンボ警部が運転中に検問される際に登場する若い方の警官の俳優と同一人物です。

監督:バーナード・L・コワルスキー
脚本:ピーター・S・フィッシャー
原案:ラリー・コーエン
マイロ・ジャナス:ロバート・コンラッド
ジェシカ・コンロイ:グレッチェン・コルベルト
ジーン・スタッフォード:フィリップ・ブランズ
アル・マーフィ:ジュード・フェアズ
 
加筆:2015年3月9日
*作品のエンディングに関し、賛否の激しい解釈については記載を削除しました。
 

“26話「自縛の紐」” への61件の返信

  1. ジェシカさん、ボスの家で朝っぱらからビキニって!
    昨晩のパーティーで一気に打ち解けたんでしょうか?(笑)

  2. 数年前に購入したDVDを第1話から観ています。この第26話の結末が理解できなくて、モヤモヤしていたところ、このブログを発見しました。10年も前から議論が続いているのを拝見すると、私が理解できないのもむべなるかな。本当にはスッキリしませんが、同じ思いのコロンボファンがいるので安心しました。
    それにしても何十年も昔のドラマなのに、いまだにコロンボ好きがこんなにいるとは嬉しい限りです。私にとっての刑事コロンボの魅力は、人をイラっとさせる性格と、事件をコロンボが一人で解決していくところ(いわゆる「ワンチーム」で無いところ)です。

  3. (既に書かれている方もおられるかも知れませんが)
    捜査を進めるうちに得られた証拠・推理の積み重ねがあったうえでの、ラストシーンの追い詰めなのだと思います。
    ・被害者は革靴を履いて誰かに追われたらしい→しかし、死亡時着ていたのは運動着
    ・被害者とマイロは事業の件でもめていた(被害者夫人の証言)
    ・被害者はマイロの不正を疑っていた(ルイスの調査)
    ・被害者に重いバーベルは上げられない
    ・マイロ宅に電話をかけてきたという被害者は、秘書が出たことを気にしていなかった
     (秘書がマイロ宅に来たのは、その日が初めて)
    ・電話の録音テープに切り抜いた跡+電話機のランプを細工

    ・靴ひもの結び目から運動靴は履かされたものと判明
     →マイロは「運動靴が履かされたもの」だと認めながらも「自分だという証拠はない」と反論

    ・当日、目撃された被害者の最後の姿はスーツ。
     しかし、マイロだけが被害者が「運動着に着替えた」と電話口で会話した

    理詰めで追い詰めていて、けっこう楽しめました。
    (犯人に歯ごたえがなく、弱すぎるという指摘は、その通りかなと思います)

  4. 最初はオチが理解出来ませんでしたが、靴紐を他人が結んだ=トレーニングウェアも他人が着せた という前提であれば納得出来ます。ただし、他人が着せたという証明があればですが。
    今回、一番印象に残ったのはトータルデータシステムのシーンです。今見ると滑稽ですが、ひょっとすると当時は先端技術から乗り遅れたコロンボを揶揄したシーンだったのかもしれません。ひょっとすると、今の若者が年配者に対してIT機器の使い方を自慢げにレクチャーしてる様子も、数十年後には滑稽に見えるのかもしれません。カウンターでイライラしているコロンボの表情が、お預けされている子犬のようで可愛いです。

  5. はじめまして、還暦を過ぎたミステリー好き(※)のおっさんです。

    貴サイトにはかなり楽しませていただいており、しかもこのコメント欄があるが故に、いろいろな方の感想や解釈が楽しめ、一粒で二度おいしい思いをさせて頂いております。

    今回、手持ちのDVD(完全版)を吹き替え(+日本語字幕・英語字幕)にて観なおしている最中ですが、皆さんと同様にこのエピソードの”落ち”がいまいちピンと来なくて、ここでそれを解決しようとしたわけです。

    皆さんの書き込みをすべて読んだ結果、「なるほど、これはいわゆる”秘密の暴露”による事実上の自白が決め手なんだ」との結論になりました(個人的納得)。

    いずれにしてもコロンボは、初放映から半世紀を経過した今でも盛り上がれる要素を持った素晴らしい作品ですよね。これからもお世話になりますので、よろしくお願いします。

    P.S. 来月(2020年4月)より旧シリーズがNHK-BSにて”再放送”(笑)されるようで、また盛り上がりそうな予感がします。

    ※古畑任三郎、モンク、モースをはじめ、十津川警部シリーズなどのベタな2時間ドラマも好きだったりします。

  6. アリバイ作りのため親しい仲間を集めて自宅での映画上映パーティー。「面白い映画があるんだ」だそうですが、一体どんな映画を上映してたんでしょうか。
    この回の初見が高校生だったため、いろんな想像が膨らみましたが、今も気になります。
    「ウォーキングマイベイビー」ではないと思います。

  7. コロンボがお得意の罠を使うことなく、小さな証拠の積み上げで犯人を観念させる手法で、結末は自分としては納得できました。録音テープのトリックは、第2作「死者の身代金」でも出てきましたか?当時39歳のロバート・コンラッドが30代に見える53歳を好演し、魅力的な秘書ジェシカ(グレッチェン・コーベット)や被害者の妻ルース(コリン・パクストン)などがしっかりと脇を固め、第4シーズン開幕にふさわしい名作に仕上がっています。コロンボが海岸での激走やジムでのワークアウトで大汗をかいたり、ルースがレストランで立ち上がりざまマイロにワインをぶっかけたりと面白いシーンも盛りだくさんです。ただし、トライコンでの受付嬢とのやりとりはさすがに長すぎました(カットされていたのであれば、正解です)。Keiさんご指摘のように、ルースのベッドサイドにいた医師は「黒のエチュード」の獣医(マイケル・フォックス)かと思って調べたのですが、証拠がつかめませんでした。他人の空似でしょうか?

    1. 楽しいコメント!ありがとうございます。私は「マイロ・ジャナスが一人で持ち上げることができないほどの重さのバーベルの下敷きになった」ことが、とても興味深かったですね。医師のことは、再度確認します。

  8. このエピソードのエンディングは、色々なご意見があるようですね。
    確かに初めの一回では、意味が良く分からなくて、戻って見直しました。

    トレーニング室に残っていた足跡は土足なのに、スタッドフォードは運動靴を履いて死んでいた。
    運動靴の紐の結び方が逆方向なので、犯人が履かせて結んだと思われる。建物の戸締まりをした第三者が最後に見た時にスーツ姿だったのに、トレーニングウェアを着ていたことから、犯人が着せたことも考えられる。

    しかし、マイロは彼がトレーニングウェアに着替えたことを電話で聞いたと主張していて、犯人しか知り得ない情報を何故その日の夜に知っているんですか?ということで、あえなく御用ということでしょうか。

    靴紐の結び方というシンプルなところに着眼して、事件の解決を導いたところが見所なんですね。

    このエピソードは、明るくてポップなオープニングとエンディングの曲、当時のスポーツクラブの様子(器具がとてもシンプルです)、スポーツをしたり、激情するコロンボ等々、とても個性的で楽しめました。

  9. この話の決め手が議論の対象になってしまうのは、まず前段階であるコロンボ刑部の靴紐の推理が推論の類である部分と
    (確かに自分で試してみればあの靴紐はおかしいですが絶対におかしいという程ではない)
    それにより「被害者がトレーニングをしていたのは犯人の偽装工作であったのが証明された以上、
    『トレーナーに着替えた』と言う証言は犯人にしか知りえない情報」というロジックがちょっと弱い所ですね。
    (ロジカルな証明が好きなので個人的には結構納得しているし、コロンボシリーズの好きな決め手の一つですが)

    まぁ倒叙ミステリーでこの手のロジカルな犯行の証明はどうやっても納得感が乏しくなってしまうんですよ。
    何故ならばそれまで犯人が散々状況証拠に反論してきたのに、前段階が推論の決め手に納得しちゃうのですからね。
    古畑任三郎のさんま回の「花瓶と水差し」とかもよくこの手の議論が生まれてますし仕方ないのかなと思います。

  10. 初めて書き込ませていただきます。
    所謂“刑事もの”の場合、小説、漫画、ドラマ、映画を問わず、突っ込みどころは多かれ少なかれあるのは仕方ないと思います。
    ですから私は、犯人が自白せざるを得ない決定的な要素、つまり物証もしくは“犯人しか知り得ない直接的に犯行に結びつく事実”(絶対に言い逃れの出来ないこと)による自供によって逮捕された作品に魅力を感じます。
    その観点でいうと「自縛の紐」はそれに該当するのではないでしょうか。
    この作品に関しては沢山の議論があったようですから、私の意見は差し控えますが、
    “逆トリック”や犯人の心情を利用していない点で本作は傑作だと考えています。

  11. 今回見てあれ?と思ったのは、
    スタッフォード夫人の入院先でのドクターが、
    マイケル・フォックスではないか? ということでした….
    似ているだけなのかしら。。。

    白々しく夫人の様子を気にするジャナスと対峙するコロンボが
    最高にカッコいいです。

  12. 楽しみに拝見しています。この作品で大好きな場面は、殺人現場にコロンボ宛に奥さんから電話が掛かってくるシーンのほのぼのした会話が笑えます。

  13. こんばんは、trapさん。
     
    EDですが、確かに割と毎回ごとにあって、
    各話で、それぞれ違いますよね。
     
    仮面の男では、蝶々夫人でしたから、
    必ずしも各回の、EDが、
    =テーマ曲=オリジナル=メインBGM、
    とも、限らないのでしょうが、
    お話しごとに、別のEDと思います。
     
    まあ、一番最後に流れる、ご存知、
    「NBCミステリー・ムービー」のテーマ曲が、
    事実上「刑事コロンボのテーマ」でも良いとは思うんですが。
    (少なくとも、あの曲で、
     マクロードを連想する人は、いないと思いますし。)
     
    ちなみに、「自縛の紐」の謎解きは、
    私はコロンボとしては、充分完璧で、
    詰め将棋的に、しっかり出来ていたように思います。
     
     
    「自爆の紐」と「溶ける糸」は、
    コロンボが怒った、エピソードですが、
    この二つに、共通したのは、
    「まだ助けられるかも知れない命が、目の前にあり、
     その原因となった犯人も、また目の前で、
     そ知らぬ顔で、のうのうとしている」
    点だと、思っています。
    コロンボは、
    すでに亡くなってしまった人~もう終わった事に対しては、
    「気の毒に」「かわいそうに」と、
    同情はしても怒りは見せず、わりあい理性的です。
    一方、黒のエチュードでは、
    「人は寿命まで生きるべきだ。」
    「殺しと違って自殺は悲しい」と言っていますから、
    殺しは「悲しいとは違う(許せない?憎むべき事?)」で、
    他人の命や人生を、自分の都合で、
    奪おうとしている人間の事を思うと、
    「そうはさせないぞ!」と、
    怒りが爆発するのではないかと思います。
     
    怒る事は少ないですが、興味や尊敬、好奇心、
    好き嫌い、機嫌が良い・悪いなどの感情は、
    割と素直に出す、人間的なところが、
    コロンボの魅力ですよね。

  14. こんにちは、いつもコロンボ辞典として拝見させて頂いています。
    CS連続放送で「自縛の紐」を再視聴しました。
    ラスト、あれだけの迫力で追い詰めるコロンボは確かに珍しい話でした。
    完全と思った工作に次々ボロが出て(床の踵の跡、靴の結び目、電話の細工等)最後に言い訳も尽きたマイロの顔は見ものでした。
    ラストEDの歌ですが、あれはコロンボの定番EDですか?それともこの話だけのオリジナルEDなんでしょうか?話ごとにEDの歌が違うとか。
    良く分からなかったので、御存知でしたら教えて下さい。

  15. 「自縛の紐」のエンディングはいろいろ論じられてます。しかし、もう少しドラマを俯瞰してみる必要があります。テープを使った電話のトリックやトレーニング中の事故死に見せかけたこと、床に足跡を残したこと、着替えをすると言ったこと等、稚拙な証拠を残し過ぎで、これらが言わば「自縛」なのであり、テーマである運動にちなんで、靴の「紐」と結びつけた作品なのです。つまり、本作品に関して言うとエンディングだけで論評するのは「木を見て森を見ず」と同じことなのです。

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