48話「幻の娼婦」

Sex and the Married Detective / 1989

この作品は好き嫌いが分かれます

リンゼイ・クローズ女性心理学者ジョーン・アレンビー(リンゼイ・クローズ)が恋人でもあるパートナーのデービッド・キンケードを殺害。2009年BS Hi(現BSプレミアム)での放送を初めてみました。これは私がノーマーク時代のコロンボ作品でした。作風は私の好みではありませんが、紛れもなく刑事コロンボの一作品であります。

犯人の職業設定にも苦労したのか?

犯人も多彩になってきた印象です。当時は視聴率へのプレッシャーから様々な努力をしたのでしょうね。妖艶な絵作り・音楽…全体的にそのようなムードで描かれています。ただし、このような雰囲気・音楽が好きだというファンもいらっしゃいまして、それも頷ける点です。2021年の再放送をご覧になったゲストさんが、参考になるコメントを書いてくださったので、読んでみてください。

音楽はパトリック・ウィリアムズ

音楽は、パトリック・ウィリアムズが担当しています。41話「死者のメッセージは特に音楽が素敵」を皮切りに、43話「秒読みの殺人」、45話「策謀の結末」と立て続けにコロンボ作品の音楽を担当。それらが素晴らしい仕上がりになっています。新シリーズでは47話「狂ったシナリオ」や50話「殺意のキャンバス」もパトリック・ウィリアムズです。

賛否両論の「賛」

この作品は倒叙法で書かれていますし、コロンボ警部の地道な捜査によって事件が解決されるという、あるべきスタイルは守られていますよね。37話「さらば提督」よりこっちの方が好きです(笑)キャメルヘアのコートの商品タグ、デービッドのキーの件、待たせたタクシーの怪など。面白い「ひっかかり」もたくさんありました。

女性トイレに長蛇の列

警部がミュージックホールの女性トイレを調べるシーン、その後、女性たちの長蛇の列ができています。「こんなに?」と思いますが、クラシックコンサートの休憩時間と重なったわけです。そのシーンの切り替えのBGMが楽曲の終わりを意味していて、よく考えられたユーモアシーンです。

賛否両論の「否」

後半になってジョーンはまたリサに扮装し、夜のクラブをハシゴして、お金や伝言をばらまき、指紋をベタベタ残し、バーテンダーなどにも印象づけるような行動をしています。このシーンはどういう意味なのでしょうか?

お色気の有無は別として

ジュリア・モンゴメリークリニックで働く助手シンディを演じたのは女優:ジュリア・モンゴメリー。一部のコメンテーターからは、むしろ主役のジョーンより美人だという意見もありますが、どうでしょう?私にはちょっと軽い感じがして、役柄としてはそれ以上の魅力は感じませんでした。

またまたバーク刑事

スチュワート・J・ツリー今回バーク刑事Cを演じたのは俳優スチュワート・J・ツリー。「今回」と強調したのは、この「バーク刑事」はよっぽどコロンボ警部のお気に入りらしく、「トッド・マーティン」「ジェローム・グアルディノ」に次ぐ三代目なのです。演じる俳優こそ異なりますが、皆それぞれ、良い味を出しています。

重要ではありませんが、このビル

アレンビー・クリニック番組内に登場するこのビル、アレンビー・クリニックがテナントで入っていますが、65話「奇妙な助っ人」と66話「殺意の斬れ味」にも登場します。いずれも下から上に眺めるようなシーンで、同じフィルムを使い回したのでしょうか?

監督:ジェームズ・フローリー
脚本:ジェラルド・リー・ルドウィッツ
音楽:パトリック・ウィリアムズ

ジョーン・アレンビー:リンゼイ・クローズ(声:鈴木弘子)
デービッド・キンケード:ステファン・マクト(声:堀之紀)
シンディ:ジュリア・モンゴメリー(声:井上喜久子)
ヘレン:マージ・レッドモンド(声:麻生美代子)
バーク刑事C:スチュワート・J・ツリー

加筆:2021年3月5日

“48話「幻の娼婦」” への83件の返信

  1. 『幻の娼婦』は昔見たときはかなり異色な印象だったと強く記憶しています。今回4回目だと思いますが、他の方もおっしゃるように、回を重ねてなんだか新シリーズの味方がわかったというか、旧作とは違う姿勢で楽しめばいい気持ちになってきました。年を重ねてと言う面もあると思いますが、Dr.アレンビーがリサのドレスとハットを始末し損ねたために、リサのキャラクターに引きずられていくという様には、少し気持ちがわかるような。
    冗長な演出と言われがちなコロンボのチューバ演奏シーンについても、ややどぎついテーマの清涼剤とも言えますし、音楽好きなコロンボの側面の表現としてそんなに悪くない演出だと思っています。コメントにも楽器選びのエピソードで性格描写がされているという説を披露されていますが、コントラバス奏者の似たような話も聞いたことがあり、うなずけると思っています。
    声優についてもいくつかコメントがありますね。麻生美代子さんはもちろん『サザエさん』のフネさんで有名な方ですが、昔から年配の女性の役はよく当てられています。同じNHKBSの『シャーロック・ホームズの冒険』や『名探偵ポワロ』でもしばしば登場されています。
    石田太郎さんの小池朝雄さんとの比較については他の回で書きましたが、私にとっての石田さんは、その頃のラジオドラマ手塚治虫作『火の鳥鳳凰編』でやった我王役があまりに素晴らしく、そちらの印象が強すぎたというところです。
    前回再放送と今回放送は間を置かなかったので、今回は本ブログを毎回チェックしながら見てみようと思います!

  2. 台詞に「セックス」を頻出するのに引く人も少なくないようですが、私は去年の感想にも書いたように、人格の多面性、カウンセリングなど現代米国のサイコサスペンスドラマの萌芽を時代を反映した過渡期のドラマと考えるとなかなか面白いと思います。ドラマの主流は、他視点、リアル、ハード、ヘビィーetc.へとシフトしていったので、結果として「コロンボ」は流れにのれなかったな、と思いますが。

  3. 旧・新シリーズを通しで見るのも2巡目になると
    最初の時ほど違和感は感じなくなったのが自分でも不思議です。
    鈍感になったのか、すべてを許容し信奉する信者になったのか、
    免疫ができたのか、いずれにしても毎週楽しんで見てますし
    このサイトをチェックするのがすっかり習慣になりました。
    ぼろんこさん、ありがとうございます。

    シンディさんが不倫を告白すべきかコロンボに相談した時
    「親切は真実より尊い」みたいなアドバイスが
    コロンボの口調とあいまってジ~ンときました。
    ベタな教科書通りのセリフかもしれませんが
    最初に見た時は全くスルーしていて記憶にもなかったのに
    今回はやたら心に響きました。
    その時々の自分の反応や受け止め方も変わるんですね。

    最近は原語で字幕で見ているのですが
    その部分の英文が聞き取れなかったので
    もしよかったらどなたかわかる方教えてください。

    1. >「親切は真実より尊い」みたいなアドバイス
      DVDで確認しますと、
      《英語字幕》 
      コロンボ:「In my opinion, and not speaking strictly as a detective, sometimes kindness is wiser than truth.」
      『日本語吹替』
      コロンボ:「あたしの意見としては、これは刑事としてじゃありませんよ・・・、時には優しさのほうが真実より価値がある」
      〔日本語字幕〕
      コロンボ:「刑事の職を離れて言うなら――真実がアダになることもありますな」
      でした。

      1. YC-30様
        ありがとうございます。原文の確認が出来た上に日本語の2通りも示していただいて大変参考になりました。
        個人的には”kindness”を主語にした吹き替えの方が好みというかしっくりきます。「語学の徒」とはほど遠い日常ですがこういう楽しみ方や好奇心をもたらしてくれるコロンボとこのサイトに感謝です。

        1. スマイラックス 様
           同感です。
           このコロンボの言葉は名言ですね! そこに気付かせていただき、ありがとうございました。
           なのに、”kindness”を無視するなど、日本語字幕の、情報量の少なさから来る味気無さの典型例だと思いました。
           久しぶりに48話「幻の娼婦」を通して観ましたが、悪くないですね。私も、昔観た時のような抵抗感は無くなってきました。
           20話「野望の果て」を続けて観たら、切ない話が、余計にじわじわと心に残りました(この新旧二話ですが、女性目線だったら、もっと、ある種の親和性を見いだせるかも知れません)。
           パトリック・ウィリアムズの音楽もいいですね。

          1. YC-30様

            こんにちは。お久しぶりです。
            先日この回をNHkで観まして、わたしも気になっていたこのセリフが、
            (以前youtubeで原語で観たときに何とか聞き取れた)へー!吹き替えでこう言ってるのは味があるなあ、と思いました。

            追伸たしかYC-30様は吉松隆がお好きでしたよね。最近結構はまっています。
            ポゴレリチの、年上の奥様を亡くされた件と、YC-30様がお聴きになったリサイタルの件…やはり超イケメンでしかも優れた芸術家だけあって、女性を若さで選ばないんだなあ。なんて思っています。(笑)
            演奏スタイルの変化については、鬱になって弾けなくなった、なんて解釈してる方もおられますが、音楽をまったくやらないわたしの彼氏さんはゆっくり弾くのって実は結構難しいんじゃないの?と言っています。

  4.  コロンボが何故ここにきて、昔、吹奏楽でチューバを吹いていたという設定にしたのか? ずっと気になっていました。
     新シリーズを考察しやすくする一つの方法が、シャーロック・ホームズと対比すればいいことに気付きました。
     周知のように、ホームズはヴァイオリンを弾くのを趣味としています。それを意識した制作側が、コロンボがチューバを吹いていたという設定にしたと考えるのはどうでしょう?
     孤高のホームズには、例えば無伴奏作品やヴァイオリン協奏曲などがよく似合います。一方、対するコロンボは、あくまでもロス市警という組織(オケ)の一員であって、組織の中の一匹狼的存在でありながら地道な努力を重ね、下からオケ(ロス市警)をしっかりと支えています。
     私は学生オケやアマオケでヴィオラを弾いていた経験があり、地味な楽器の奏者の気持ちはよく理解しているつもりです。しかし、オケではヴィオラはパート全体の集団で弾いていればいい時が多いのに対して、チューバは大抵ひとりぼっち。チューバ奏者の責任感はとても強いものだと信じています。

    1.  コロンボの「完全捜査ブック」では、このチューバのシーンは(製作総指揮の)リチャード・シモンズ調の「お遊び」、という見方をしていますが、当時の記録や関係者へのインタビューに基づいて去年出版された”Shooting Columbo”という本によると、このシーンは、ピーター・フォークが「こうしたらおもしろいだろう」と言い出したもので、シモンズは「ピーターが言うことには従う」というスタンスを取り、実際に撮影されることになったのだそうです。
       この本の著者は、「シリーズの中で最も奇妙な脱線シーンのひとつ」と形容しているほか、”The Columbophile”という研究サイトでは、「シリーズのダメダメ場面12選」のナンバー1に選ばれているなど、このチューバの場面はどうも評判は悪い感じです。旧シリーズから、すでに75分サイズではなく(放送時にコマーシャルをより多く入れられる)90分に伸ばす路線が取られるようになり、無理やり伸ばすために不必要なシーンを入れるのが増えたようです。
       ただ、いったん表に出た作品は、受け取る側が自由に解釈して構わないですから、YC-30さんの見方をおもしろく拝読しました。チューバのシーンも、上記の本が正しければ、コマーシャルのために水増ししたのではなくピーター・フォークの積極的なアイデアだったことになりますし、彼がどうしてそう考えたのかまでは、不明なのか書いていません。もしかしたらYC-30さんのような考えがあったのかもしれません。
       ちなみに私は、ホームズものもコロンボに劣らず大好きです。グラナダのドラマ版もしかりですが、ちょうどBSの再放送が終わってしまいましたね。

      1.  貴重な情報を、ありがとうございます。
         新シリーズは、そういうダメなところに、むしろ気楽に自由な解釈の幅を拡げられて楽しめるのですが、このチューバのエピソードも今回だけですし、いかにも唐突ですよね(エロスの隠喩ならば、ホルンなど他の管楽器のほうがそれらしかったりします。因みに弦楽器は女体です・・・おっと、失礼しました)。
         「刑事コロンボ」新旧シリーズを通して俯瞰すると、行き当たりばったりというか、結果オーライといいますか、大きな全体の流れの中での伏線回収は、ほとんどありません。しかし、人生とは中々計算通りにはいかないもので、その時その時、あまり先のことまで考えず制作現場であたふたしながら、その瞬間を生きていたこと自体、身につまされて共感するといった趣もあります(笑)。
         グラナダのドラマ版ホームズのジェレミー・ブレットも、もっともっとホームズ役を続けたかったでしょうね。それを想うと、ピーター・フォークはやりたいことをほとんどやれたので、極めて幸せな人生だったと言えるでしょうね。

        1.  YC-30さんの幅の広い視点からのコメント、なるほどと思いながら拝読しました。チューバについては、その後のエピソードで(それこそ「奪われた旋律」とかに)活用できたのでは、と思うだけに、ちょっと残念ですね。
           コロンボがエピソードによってイタリア語を話せたり話せなかったり、もっと細かいことを言えば、「魔術師の幻想」で再登場したウィルソン刑事のファーストネームが、初登場の「悪の温室」とは違っていたりと(日本語版は変更して揃えている)、ピーター・フォークを含め制作陣にシリーズを統一的な観点から検討する人はいなかった(あるいは気に留めていなかった)のでしょうね。
           ジェレミー・ブレットのホームズは、彼の健康状態の悪化でシリーズが未完に終わったほか、最後の方では彼抜きでのエピソードがあったり無理な改変をしたりと、コロンボとは違う形での質の低下が顕著で、これまた悲しく残念です。長期シリーズを維持するというのは、いろいろな意味で本当に大変なのでしょう。
           >エロスの隠喩ならば、ホルン(後略)
          リヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」冒頭ベッドシーンのオクタヴィアンのところはあからさまですね。あれだと隠喩ではなく直喩ですね(笑)

          1. ジェレミー・ブレットのホームズの件含め、まったく同感です。
            >リヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」冒頭ベッドシーンのオクタヴィアンのところはあからさまですね。
            さすがにお詳しいですね!! またまた、恐れ入りました(笑)。
             ところで、tempus fugit さんにどこかのタイミングで一度伺おうと思っていたのですが、
            一、NHK-BSやBlu-rayでの新シリーズは、昔からハイビジョン・サイズでしたでしょうか?
            二、ところどころ小池さんの声が銀河さんに差し替えられている現行版は、レーザー・ディスクやVHSの時代の市販ソフトでは、どのようなものだったのでしょうか?
             ご記憶がお有りでしたらで結構ですが、ご教示くだされば幸いです。

            1.  すみません、私も新シリーズについては詳細を知らない・記憶にありません。新シリーズをちゃんと見たのは現行のブルーレイが始めてで、それ以前に出たディスク仕様のものは購入していません(旧シリーズは集めましたが・・・)。ですのでわかりません。
               新シリーズはTVでのオンエア時にいくつか見ましたし、その時の画面は当時のTVサイズだったはずです。多分それがオリジナルで、ハイビジョンサイズはそれをトリミングしたものだと思います(現行の「汚れた超能力」で、写っているべき道具が写っていないのでは、と思われる場面やセリフがあり、オリジナルでは隅の方に写っていて切り取られてしまったのではと思います)。
               なお私は石田太郎氏のコロンボは、何とも芝居がかって不自然に聞こえてダメです。声は小池朝雄氏に似ている(似せている)のかもしれませんけど。ファンの方には申し訳ありませんが(もちろん石田氏個人を云々するものではありません)。ただピーター・フォークの新シリーズでの演技や話し方は、旧シリーズよりずっとまったり・ねちっこい感じになったとの印象があり、石田氏の方が原語に近いのようなのが何だか悲しいです。
               銀河万丈氏は欠落部分だけの吹き替えですが、声の感じや高さ(低さ)が違い過ぎてどうしても違和感がありますね。これも銀河氏本人のせいではありませんが。私は銀河氏というと、どうしても「スター・トレック」のウォーフ中尉を連想してしまうので(これは原語でのマイケル・ドーンにも似ていて見事!)そのせいもあるかもしれませんが・・・。

              1.  わざわざ、お手数おかけし、感謝いたします。
                >現行の「汚れた超能力」で、写っているべき道具が写っていないのでは、と思われる場面やセリフがあり、オリジナルでは隅の方に写っていて切り取られてしまったのではと思います
                 この部分は、私も前から気になっておりました。
                 新シリーズは何話からハイビジョン・サイズでの撮影になったのか、結局よく分かりませんよね。大切な旧シリーズをトリミングせずに放送したりソフト化したりで、本当に良かったです。私も、新シリーズは気楽に観ていますので、トリミングされてもあまり腹は立ちません。
                >石田太郎氏のコロンボは、何とも芝居がかって不自然に聞こえてダメです。
                 これは、小池版の刷り込みがある人は、大なり小なり全員同じ意見ではないでしょうか?(銀河さんも)
                 銀河さんについては小池さんの声とあまりにも似ていたら、どこが差し替えや追加部分か分からなくなりますので、区別が付きやすくていいという利点?もあります(笑)。
                >「スター・トレック」のウォーフ中尉を連想してしまう
                 これまた同感です。
                 石田さんの吹き替えの件に戻りますが、先日中古本で入手した『刑事コロンボ完全捜査記録』 (別冊宝島 2006/8/10発行)の中の、「63話 4時02分の銃声」の解説に、
                《・・・それでも本作でのシャトナーの演技はなかなか素晴らしく、原語版で聞くフォークとシャトナーの会話は、この時期、ますます演技がオーバーになっていた吹き替え版とはまったく対極の自然さである。録画をお持ちの向きには、前作「恋におちたコロンボ」と併せ、原語版での一聴をおススメしておきたい》
                とあり、そんな酷評を読んだら、少なくとも今後この2作品は、日本語吹き替えでは二度と聴きたくなくなりました(笑)。
                 結局、英語の勉強にもなりますし、本来原語版で、聞き取り辛いところを、ところどころ英語字幕を出して鑑賞するのがベストなのでしょうね。忙しい時は中々出来ませんが・・・(笑)。

                1.  ウィリアム・シャトナーといえば、私はやはりカーク船長=矢島正明氏なので、旧シリーズの「ルーサン警部」で山城新伍氏が吹き替えたのには正直ガクッときたものです。なので「4時02分の銃声」のフィールディング・チェイスに矢島氏が起用されたのは嬉しいことでした。
                   フィールディング・チェイスは謎めいた人物ですが、シャトナー本人も「スター・トレック」の共演者たちから(レナード・ニモイを除いて)嫌われるなど、一筋縄ではいかないクセのある人物のようで、ルーサン/ウォード・ファウラーよりもチェイスの方が彼に似合っているように思います。「4時02分の銃声」の時に小池氏が存命だったら、矢島氏と小池氏の”夢の共演”になったのしょうね。ないものねだりではありますが。
                   ちなみに映画版「トワイライトゾーン」の印象的な最終話「2万フィートの戦慄」は、元になった往年のテレビ版の同名エピソードのほぼ忠実なリメイクですが、周囲に理解されない奇怪な体験をした主人公をテレビ版で演じたのがウィリアム・シャトナーでした。
                  私は若い時にアメリカ出張した時にたまたま深夜放送で放送されていたのを宿泊先のホテルで観て、「シャトナーのほうがこの主人公にぴったりじゃないか!」と(「スター・トレック」でおなじみというひいき目があるとはいえ)思ったものでした。

                  1. 確かに、「ルーサン警部」の山城新伍氏は、旧シリーズで最もミスキャストというか、「スター・トレック」ファンには特別残念でしたよね。
                    そうでした、「4時02分の銃声」は、ちゃんと矢島正明氏が吹き替えているので、吹き替え版を外すわけにはいけませんよね。
                    >フィールディング・チェイスは謎めいた人物
                    >シャトナー本人も「スター・トレック」の共演者たちから(レナード・ニモイを除いて)嫌われるなど、一筋縄ではいかないクセのある人物
                    フィールディング・チェイスは最後に山道でコロンボの命を狙おうとした犯人でしたよね。
                    「4時02分の銃声」、気になりましたので、久しぶりに近々原語と吹き替え版で、再度トライしてコメントしてみます(笑)。
                    >映画版「トワイライトゾーン」
                    懐かしいです。それにしても、あれも交響曲みたいに4つのエピソードからなる作品でしたが、実に不幸な運命を辿りましたよね。昔映画館で観て好きな映画だったのですが、その後観るチャンスが無く、テレビ版含め現在ほとんど内容を忘れておりますので、機会が訪れましたら、ぜひテレビ版と比較鑑賞してみたいものです。
                    いやあ、認識不足の数々、お恥ずかしい限りです。
                    いろいろ刺激を頂戴し感謝の極みです。

  5. 被害者の名前キンケード氏。
    阪神ファンには懐かしい死球被害者王ながらここでは死に至る球…ならぬ鉄砲玉。
    少し007に出てきたジョーズに風貌が似てますかね?^^

  6. タイトルは英語の原題より日本語の題の方がピッタリくる気がします。殺人を犯したのはカウンセラーの自分ではなくて、「幻の娼婦」なんだと言い聞かせようとしている感じがでます。「セックスと既婚の刑事」では被疑者がコロンボを誘惑しているんじゃないかって感じになりますが、コロンボはあからさまにセックスを意味する表現は話題はお嫌いのようで顔を背けています。

  7. 新シリーズになってから、コロンボが登場するまでが長い。どぎつい雰囲気の犯人が多く、演出もこってりと濃厚でくどい。見てて、やや疲れる。
    コロンボの切れ味も、旧作には及ばないかな。

  8. はじめまして。
    45年来の自称「筋金入りコロンボファン」です。
    BSでの旧シリーズ再放送以来、一つ見てはこのぼろんこさんのブログを楽しむのが、いつの間にかマイルーティーンになりました。私のようなコロンボファンがまだまだたくさんいること自体に感激していますし、ぼろんこさん達の細部にわたる熱意あふれた鑑賞姿勢に、我が意を得たりというくらいワクワクしてしまいます。
    いつも読んで楽しむばかりですが、ずっと前から感じていたこの気持ちを発信したくて、今日は初めて書かせていただきました。
    新シリーズも、1話はちょっと…という感じでしたが、2話からは楽しんで見ています。
    作品についても、またコメントさせていただきますね。
    いつもありがとうございます♪

    1. Takakiさん、コメントありがとうございます。
      新シリーズは賛否両論ありまして、今後も「賛否両論」度がアップする作品も数々登場します。それも含め、こうしてみなさんと一緒に楽しめれれば幸いです。

  9. 新シリーズの作風に慣れて来ました。
    別の作風と思えばいいのですね。
    でもエンタメな場面は冗長に感じました。
    謎解きに集中した70分版に仕上げれば
    悪くないと感じました。

  10. 新シリーズの音楽は、旧シリーズと比べると内容の雰囲気が出ているように感じます 未だ3作品ですが、それぞれの特長を醸し出してるような この作品も、娼婦という怪しげな存在をサックスで表してますね 声優では磯野フネさん(麻生美代子さん)も出ておられました 別のコロンボ作品にも出てましたよね…

    1. 麻生美代子さんさんは、「二枚のドガの絵の画廊のオーナー」「死の方程式の社長夫人」などなど、何度も登場しておられます。今回はニュージックホールのヘンドリックスさん。いずれ、まとめ記事を書きますね。

  11. 賛否両論沸き立つ作品ですよね。昔っぽい演出(チューバのシーンなど)とセクシャルなものを含む新しい演出が混在して昔からのファンにはまとまらない印象を与えてしまうのかもしれません。ただしセラピーのスタッフがそれぞれコロンボを自室に引き入れるところは面白かったです。

    みなさんにひとつだけ音楽に関してお伝えしたいのは、全体はムーディーなフュージョン調で小編成なのは良いとしても、コロンボがミュージックセンターのレディースルームに衣装が隠されていたと目星を付けて捜査するシーンで流れていた音楽がベートーヴェンのバイオリン協奏曲の最後の部分でした。
    実は本来なら協奏曲はバイオリンとオーケストラで演奏されるものですが、ピアノの伴奏に聞こえました。
    一般のおさらい会などでは協奏曲でもピアノ伴奏は有りなのですが、あの規模のホールだとおかしいですね。
    これも予算のせいなのか、それを知りつつ担当者が、高貴な感じがするのでどうしてもこの曲で、と思ったのかとても不思議でした。

  12. 初めてお邪魔致します。
    このエピソードを吹替えで観たのは初めてでしたが、あまり違和感がなく安堵しました。
    昨今の刑事ドラマのおかげ?か、鑑識が作業中にコロンボや犯人が現場に入るシーンを見て違和感を感じるようになったのは、時代の流れなのかなぁとしみじみ思いました。

    アレンビー博士が空港に行く時に秘書にアガサ・クリスティの小説を手渡されるシーンがありますが、あそこはやっぱり”アビゲイル・ミッチェル”でお願いしたかった次第。

    1. そうですね、私もアビゲイルさん思い出しました。そもそもアビゲイルさんはアガサがモデルですし。
      ただ、殺人罪で刑務所にいる方の本なので、本屋から撤去されてたりして?
      まあそれはともかく、旧シリーズがNBCの放送なのに対し、新シリーズはABCですから、他局の宣伝になるので触れることは出来ないのかな?と思いました。
      日本ではオープニング、エンディングで例のテーマ曲を流してますが、あれも本来NBCミステリームービーのテーマ曲なので、新シリーズで流すのは問題があるんですが、日本だから大目に見てるのかな?
      ちなみにNHKのbs1で放送してるアメリカのニュースはABCですね。

  13. 先ほど鑑賞しましたが、全く覚えているシーンがないので、もしかしたら初見かも?
    この年で、コロンボの未鑑賞作品に出合えるとは、なんて幸せな事でしょう(笑)
    冒頭の黄色いデ・トマソ・パンテーラは、当時でもクラシック・スーパーカーですね。
    ホシのジョアンさんは、ハリソン・フォードにチョイ似?
    ガイシャ人のキンケードさんは、横顔が川崎フロンターレの中村憲剛にチョイ似?
    「キンケード」さん、といえば私はどうしても「素敵なパートリッジ」の迷マネージャのキンケードさんを連想してしまいます。

    1. 私はフロンターレサポーターです。被害者は憲剛にはちょっと似てないと思います。テニスの錦織は憲剛にかなり似てます。

    2. パンテーラはエンジンがアメリカのフォードV8で、スーパーカーにしては安かったのでアメリカで良く売れていたそうですね。
      僕はコルベットのが好きですが、でもどちらもデザインはカッコいいと思います。
      キンケード…阪神タイガースのデッドボールに当たりまくった選手を思い出します。それと、「ナイトライダー」の悪役にもいたな。

    3. 日本車が前より目に付くように感じました。
      パンテーラ(車名入りのナンバー)の後方はサニーでしょうか。パッと見でもセリカ、カローラを確認。
       
      旧シリーズと新シリーズの評価は結局は好みによるところが大きいのかもしれません。制作時代が10年違って流行も違うこともあるでしょう。お約束を崩せない点で新シリーズは不利です。
      「悪名は無名に勝る」否定的なものも含めて色々な感想が出るのもコロンボ作品の魅力かと思います。

  14. 犯人が少しうかつすぎます。現場にくわえたタバコを置く。どこからか持ってきた血液を絨毯につける。「科捜研の女」のまりこさんが「調べてみましょう」とか言って一発で動かぬ証拠が出てきそうです。どの作品にも気になる点はあるもので、それを差し引いても楽しめました。アダルト男性の視聴率目当てとのコメントがありましたが、あくまで個人的な意見(私は異性愛の男です)を述べれば、リサも普段の姿の犯人にも性的魅力は全く感じませんでした。秘書はちょっと可愛かったですが。この作品の描写ですけべな男を引き付けることはできないと思います。特に楽しかった点は、いつもは質問攻めで嫌がられるコロンボが犯人の同僚の男二人と秘書に、つまらない個人的な話をされて困っている様子が笑えました。コロンボはこれで少しは日頃の自分の行動を反省したでしょうか。反省するわけないですか。ひとつだけ不思議に思ったのは階段で遠くにいる部下とコロンボが話をした後に、階段を上っていた楽器を持った人物二人が引き返して階段を下りてきたのはなぜなのでしょうか。本筋には全く関係ないですが。

    1. 楽器を持った人物二人>これは、黒いドレスの女性と会話をしたからではないでしょうか(笑)

  15. 大昔にテレビで見た時には、腐りかけのプリンのところ
    ナントカなばあさんだ、って言ってた気がするんですが、記憶違いでしょうか
    (ナントカのとこは覚えてない)
    だとしたら違う吹替があったんでしょうかね

  16. 今回の4K放送のタイミングで視聴した幻の娼婦。
    我が家では普通のBS2で視聴しました。
    以前は、この回は毛色が違って面白くない回だと思っていました。
    家族で一緒に気づいたことを言い合いながら見られませんしね。
    今回の放送で初めて調べてみました。
    冒頭で犯人が言っているコーティザンコンプレックスという言葉を。
    たったこれだけのことでわたくしがアメリカの世相をすべて知った気になるのは(自分で言うのも変ですが)笑止千万ですけれど
    この回が放送された頃はきっとアメリカはセックスカウンセラーが流行しだしたか
    または以前からあったセックスカウンセラーに注目が集まった時期なのでは?と思いました。
    時流に乗ったストーリーで初回放送のときは視聴者はコロンボ以外の部分でも興味を持って視聴したのでは?と思います。

    女性のアルコール依存症についても刑事コロンボの中では何度かクローズアップして、
    深刻な問題となっている世相を現している回があると記憶しています。
    視聴者の好みに阿らず、新刑事コロンボには世相を反映する思想があるように思います。

    コロンボ上級者の方々のコメントの中にわたくしの素人的なコメントを放流するには勇気が要りますが
    嫌いだった回を好きになった事例、としてコメントしてみたいと思いました。

    1. 旧シリーズにも、犯人役で良く出てくる「精神分析医」。
      当時、小学生の私には、どんな職業なのか?サッパリ分かりませんでした。

  17. 旧から通してここまで初コロンボを見てきて、新のあまりの評判の悪さから戦々恐々として覚悟してました

    確かに一話が冗長で退屈だったのでコレは録画するのも止めようかと思いましたが二話、そして今回の三話は悪くないと思いました
    たしかに演出はけれん味が増して旧から雰囲気も変わりそこに反発を覚える人がいるのもよくわかりました
    ただ正直に言って旧にも駄作はたくさんあって名作と挙げられる回にもミステリー的には首を傾げたくなるのも多い印象でした
    今のところ旧のそういう回に比べてまだ二話三話はミステリ的には真摯であろうとする意識は高い気がします
    というか一話が酷すぎてみんなそこの評価に引っ張られてるのでは…
    といっても今後さらに酷い話がやってくるのかもしれませんのでまぁ怖いもの見たさで楽しみにしています
    旧に郷愁や思い入れが無い自分にも新の雰囲気には戸惑いましたが、逆に旧にも荒唐無稽な駄作や演出はいっぱいあったよなー?と思ってちょっと新を擁護してみました

    1. 私もそう思います。旧シリーズからほぼ初見で観てきましたが、そんなに言うほど新旧で差があるかなぁ…と。
      おっしゃるように、旧シリーズにも疑問に思う行動や謎解き、演出は多々あったように思うし、旧からのコロンボの雰囲気をある程度壊してしまっているのは、多発していた刑事物の傾向や時代背景を考えると仕方ないのでは。
      「コロンボへの思い入れの違い」、全くそうなのかもしれません。私もこれからどんなものが出てくるのか、違う意味でワクワクしています。

      1. やはり新旧の決定的な違いは、トリック、プロット、演出よりも、コロンボの吹き替えでしょうねえ。
        旧の小池さんは、意外に結構するどいツッコミがあったり、文学的な?言い回しがありました。
        対して新の石田さんは、あまりにも有名になり過ぎたコロンボ像をなぞっている感じで。
        そこら辺に旧からのファンは、戸惑ったり、受け入れられなかったりしてる感じです。
        翻訳は同じ額田さんなんですけどね...難しいモンです。

  18. 番組としての以前からのフォーマットを逸脱しない範囲で、いかに新しさを盛り込むか…をテーマに悪戦苦闘してる感のある新シリーズ。
    この回でもセックスについての話題、ベッドシーン、都会的なBGM、いかにも当世風(80年代的)なビルや豪邸、犯人の車が最新のBMWであったりと、目立つ箇所や枝葉の部分をこれ見よがしに新しい感じに変えてきてるなあと感じます。ただ全体の流れや雰囲気などは、旧シリーズ終盤の作品とさほど変わらないと個人的には感じました。
    コロンボの演奏に合わせて噴水が動くシーンのあたりは、秒読みの殺人でコロンボがTVスタジオの操作卓をいじるシーンや、前話でのタイタンクレーンのシーンと同じニュアンスを感じます。本筋と関係ないお遊びシーンでBGMだけになるという。ピーター・フォークかプロデューサーのアラン・シモンズなのか、制作サイドの趣味ですかね。
    そしてまたもや俳優違いのバーク刑事が登場。名前は同じながらどのバーク刑事もキャラが違っていて(今回は若め)、このあたりは制作サイドがあまりこだわってない所なんでしょうね。

  19. 十年振りの「コロンボ」である第8シーズンは、巣ごもり生活の中で今、改めて観ると、コメディ、ユーモアが人物ではなく、その個々の舞台、超能力研究所、映画撮影所、そしてこの、セックスカウンセリングの「現場」に向けられ、そこでコロンボが遊んでいるような演出ではないか。遊ぶといえば次の「迷子の兵隊」はコロンボが「おもちゃの兵隊」に、というのはうがち過ぎか。
    そして、このエピソードでは、黒衣のコールガールに変装した女性が二面性を表してしまう。一方でカウンセラー達をコロンボがカウンセリングするというお笑い付き。1989年、米TVドラマは、多視点、リアル重視、サイコドラマ、原題にセックスと銘打つなど新しい段階に入った時代背景を反映した「コロンボ」だったのかもしれません。

  20. 「幻の娼婦」、初見でしたが楽しめました。作風についてはともかく、私は今作品の被疑者に同情的です。少なくとも、前作「狂ったシナリオ」の被疑者のように、自分の過去のミスを隠蔽する為の犯罪ではなかったのですから。

  21. 十年ぶりに復活した「コロンボ」第8シーズンは、そのコメディ、ユーモアがどこに向けられているのか。このコロナウイルス禍、巣ごもり生活の今日、思い至ったのですが(⇦何を大げさに?)そのエピソードの「現場」に向けられているのではないか?です、人物そのものではなく。
    つまり超能力研究所、映画撮影所、そしてこのセックス・カウンセリングのセラピー、個々の現場をおちょくって見せた。そしてその現場でコロンボが遊んでいるような演出ではないでしょうか。遊ぶといえば、来週はコロンボが「おもちゃの兵隊」というのはうがち過ぎか。
    で、今回は黒いドレスのコールガールに変装した女性が二面性を持ち始めてしまう。一方でコロンボがカウンセラー達をカウンセリングするというお笑い付き。1989年、既に米TVドラマは、多視点、リアル重視、サイコ、原題にも「セックス」と銘打つ等、新しい局面に入っていたかな、という時代背景を反映した「コロンボ」のようですね。

  22. コロンボらしからぬテーマや描写、
    ピンクに水色のの背景デザインや、シンセサイザーを多用したBGM、
    まるで、マイアミ・バイスみたいな作品で、楽しんで鑑賞しました。

    1. 確かに時代的にも「マイアミバイス」意識かもしれませんね。当時はアメリカはとんでも無く流行ってましたもんね。
      ところでGuntherさんは「フレンズ」のガンター…?違ってたらすみません。

      1. 返信、ありがとうございます。
        いつになく、コロンボの髪型もオシャレでしたし、
        カッコいい仕草も多かったですね。

        すみません、ペンネームに深い意味はなく、入力ミスで、
        修正できませんでした。

  23. ぼろんこ様
    いつもありがたく拝見致しております。「幻の娼婦」はアダルト男性の視聴率目当てでしょうが、子供と一緒に楽しめず、閉口しました。 推理を楽しむドラマなのに、ちょっと余計な要素と演出が夾雑物でしたわ。

  24. お好きな方には申し訳ありませんが、新シリーズは見る気がしません。この作品に至ってはシリーズから削除してほしいくらいです。

  25. ぼろんこ様

    こんにちは。
    ここの所、家に居ることが多く、有料動画を登録し、好きだった“刑事コロンボ”を毎日観ております。
    いつもひとつ作品を観るごとにこちらのブログを拝読するのも楽しみです。

    私も新シリーズはあまり好きではなく、馴染めないと言うのが本音です。
    旧シリーズは中学一年生からTVで親しんだ事もあり、懐かしい思い出と一緒に観ている所もあるからです。

    然し、今回、もう一度有料動画で初めから好きな回を観ていく中で幾つか発見がありました。
    それは音楽の発見です。

    41話『死者のメッセージ』
    43話『秒読みの殺人』の中で流れる音楽が二つともバロック音楽風に作られている事に気づきました。
    両方ともBACHの雰囲気をベースにそこからとても美しい映画音楽風に作曲されていていました。
    心理描写に合わせて上手くアレンジされた演奏だと気づきました。

    また『秒読みの殺人』でヒロインに殺される役の男性がヒロインにプレゼントする高級車のキーをプレゼントする日に自宅の窓辺のソファーに座る辺りで昇進で浮かれて歌う鼻歌が
    “The Lady Is a Tramp ”と言う曲の
    「it’s California〜」だと言う事に気づきました。

    コロンボの旧シリーズでは主にモダンジャズが劇中シーンで流れます。
    第10話『黒のエチュード』でも容疑をかけられた団員がアルバイトをしているクラブで奏でるのもモダンジャズですし、第29話『歌声の消えた歌』でも…。

    また本回の新シリーズ
    『幻の娼婦』での音楽はジャズでも
    正にこの頃の流行だなぁと感じます。

    ジャズの流行がモダンジャズからクロスオーバー、フュージョンに移行した頃の音楽なのだなぁと感じるのです。

    曲の好みは人それぞれだと思いますが…映像の作り方もきっと旧シリーズから進化したように(私は映像は旧シリーズの方が好きですが)
    音楽も常に流行により変化している所も面白いと思いました。

    …と音楽について発見した事を書かせて頂きました。

    1. pianoさん、メッセージを再読しました。
      音楽がお好きなのでしょうね、私も同様です。
      音楽については、いつか詳しい記事を書いてみたいです。

    2. フュージョン 80年代ウゥーん
      そうそう、あの頃の曲ね・・・
      道理で、私この作品が気に入っちゃたわけがわかりました

      殺害動機が、いつもの地位や名誉、財産目的で無く、王道の恋人の裏切りであることが返って真新しかったし、いつに無く犯人に同情しました
      最後の犯人の語り(演出)、ドラマ「相棒」に似てませんか?
      あっそうじゃない、「相棒」が真似せたのか・・・

  26. 娼婦、ベッドシーン…旧シリーズではあり得なかった大胆な描写が冒頭からありました。
    しかし娼婦に変装して、アリバイを作り犯行に及ぶという試みは危険過ぎる気がします。いくら変装してるといってもかえって人目を引くし、大勢知り合いがいるパーティー会場を通り抜けたり、顔見知りのビルの警備員がいる受付を通ったり…誰かに気がつかれたらどうしたのでしょう?状況設定にもうひと工夫必要だったと思います。

    セックスカウンセラーが恋人に裏切られて娼婦に扮して復讐する、という着想は面白いですが、それを敢えて刑事コロンボで観てみたいとは思いません。コロンボは、もっとシンプルなストーリーの方が個人的には好きです。

    1. そうですね〜。当時の時代背景もあるのでしょうが、できれば、もっと普通のコロンボシリーズを作り続けて欲しかったです。犯人の職業も気に入りませんね(笑)

  27. 楽しいコメントありがとうございます。とはいえ、好きになれない作品には変わりありませんが(笑)。みなさんの作品に対する愛のあるコメントに、共感しています。

    1. みなさんのコメントを読み返しまして、改めてこの作品に2票追加いたします。

  28. この作品スキなんですよネェ~。
    エッチな質問に照れたりチューバを吹いたりお掃除のオバさんに怒られるかわいいコロンボさんと、鋭いヒラメキと足で稼ぐ推理、そして非情なまでに犯人をゆさぶり、追いつめていくスゴみのあるコロンボさんの、キャラクターとしての大きな2つの特徴がスゴくよく出ているエピソードだと思います。
    はじめてシリーズを見たのが「新」だったせいか、セクシーなシーンも気にならずむしろ「…おぉ~!」と思いながら見てました(笑)シンディさんはなんかミョーに男心をソソるキャラクターだと思いマス(笑)
    そして、ジョーンさんにとっては復讐の「手段」だったハズのリサへの変装が、
    大きな傷がついた自分の人生のカセを外して、もうひとつの自分を(知らず知らずに)持つ「目的」に変わっていく過程が
    なんともせつなくて、心に残るエピソードですネェ。

  29. はじめて書き込みします。
    確かにいろいろ不十分な話ですが、
    「尊厳」や「侮辱」も動機の引き金になっています。しかし被害者がヒモ状態なのも、くすぶっていたんじゃないかな~
    ヒモのくせに浮気はするし…
    「浮気が許せない」だから仕返ししたい。
    それを実行していまった、想像ではなく。

    性や際どい台詞抜きにして、暖炉の前で理解しあう。これもひとつの共感型だと思います。

  30. こんにちは。楽しく拝見させて頂いてます。
    先日BSTBSで恐らく初めてこの回を見ました。なかなか興味深い、哀愁のある話でした。
    嫉妬、変身願望など、犯人はとても女性的な人だと思います。
    そこが恐らく男性からは理解しにくい、嫌悪感を催すところかなと。
    異性とのコミュニケーションやセックスについては専門家を自負し、絶対の自信を持っていたのに
    まさにプライベートで虚を突かれたそのショックが大きかったことは想像に難くありません。
    白日の下に晒されれば当然商売にも差し障りあるでしょうけど
    でも何よりプライドの問題ですよね。
    人生って、人によって様々な試練が起きるものですが
    自分が一番あって欲しくないこと、一番弱いところを試されるものかなと。
    傍からみれば大したことではない、ありきたりな失敗、よくある不幸でも。
    本人にとってはこれ以上ない衝撃なんですよね。
    そこが個人的にしみじみ思うところでした。
    リサは、日本人から見れば確かにとうが立っているのですが、
    当時のアメリカ人の美的基準からすれば、わかりやすいセクシーな美女なのかなと。
    普段のジョーンはエグゼクティブ風で、恐らくセクシーではないんでしょうね。
    浮気現場のプリンの例えで、英語では「腐った」とは言っていなかった..
    というコメントがありましたが、
    その感覚の違いがありそうな気がして面白いです。
    チューバのシーンですが、性的な会話が続き、結構ヘビーなので
    視聴者にほっと一息ついてもらうために入れたのだろうと思いました。子供も出てきますしね。
    チューバしか触らせてもらえなかった、は私は逆の意味にとりましたよ~^^
    この回だったか別の回かで、コロンボは子供の時好きな子にちょっかい出したり、
    結構ワルガキだったような描写があったので、あまり小さい繊細な楽器は触らせてもらえなかったのだろうなと。壊すから。
    私の仕事は刑事です、善悪は裁きませんが…というも名台詞と思いました。
    黒い衣装をつい捨てられなかった、犯人の人間的な弱さ。女性特有の弱さでもあります。
    それを理解できるコロンボは、女性の気持ちも分かる男ということなのです。
    優しいですよねえ。優しいから、犯人もわかるんですよね。

  31. コメントでは始めまして。
    もう何周目かの、コロンボファンですが、
    「幻の娼婦」私はだいぶ好きになりました。
    そこでぜひ、弁護させて下さい!
     
    確かに私も初見では、期待はずれに思えました。
    が! 
    何度も何度も、見ているうちに、
    わかったような、気がしてきました。
    以下、「気がした1ファンの戯言」ですが…
     
    まず、女性セックスカウンセラーの心理学者と言う、
    職業設定自体は、必ずしも悪くないと思いました。
    会話を武器に、犯人を追い詰めるコロンボですが、
    こちらが追い詰める分、犯人からも切り返して来る、
    それが性的な事で、コロンボが苦手分野☆と言うのは、
    意外な強敵感があって、ひとつのアイディアと思ったんです。
     
    思えばこの、様々な「会話・話術・口八丁手八丁」で、
    コロンボと攻防する、バリエーションがあっても良い♪
    私なら、アクションされるより歓迎で、会話戦が良いです(笑)
     
    ただ問題は、そこじゃなかった!
     
    みなさんも言われているように、このお話のテーマは、
    「アレンビーが、犯行のためにリサになるが、
     演技のはずのリサに、主人格が入り込んでいく。」
    と言う事だと思うんです。
    最初は犯行のための、ただの手段、
    きっかけに過ぎなかった「リサ」だったのに、
    アレンビーを見下していた、デービッドもメロメロ。
    みんなの注目の的で、殺人さえうまくやれた!
    リサの正体は、アレンビーのはずなのに、
    アレンビーでは、頭打ちだった事が、
    リサになれば、あれも、これも出来る。
    じゃあ、リサでいるほうが良いじゃない?
     
    そんな、手段と目的が、入れ替わる恐ろしさが、
    「幻の娼婦」ではないかと思います。
     
    そう言う「幻と実体」「昼と夜」「健全と秘め事」
    とでも言う対比や、アクセントが、
    作品全体に、ちりばめられている気がするんです。
     
    ところがそれが、すごくわかりにくい。
    何が一番大事なのか?テーマなのか?が、
    ぼやけていたり、途中で変わる感じなんです。
     
    ただ、やはり、
    最後のアレンビーと、コロンボの会話を聞く限り、
    「一度、アレンビーから、リサになったら、
     リサを捨てられず、リサになってゆく、
     アレンビーのサイコドラマ~変身の怖さ」
    が、
    主題のはずと思うんですよね。
     
    でね、前提全部ブン投げるように、聞こえるかもですが、
    だったら、アレンビーの職業は、
    「セックスカウンセラーじゃないほうが、良かった」
    ように、思えてきたんです。
     
    通常の心理療法家、カウンセラー、
    セラピストとして成功して、
    恋も仕事も、地位も名誉も得た!
    性的な事は職業上の、知識として知ってはいても、
    むしろあまり、直視してこなかった。
    が、成功と言う事実が、自信になって、
    これでちゃんとやれてるじゃない!と。
    でも、
    デービッドが、シンディに流れたと知り、
    意を決して、大人の魅力のセクシーな女性になる。
    すると…、こっちのほうが上手く行く!?
     
    変身後が、妖艶な娼婦なのですから、
    変身前は、反対のカラーやキャラのほうが、
    見るほうは、わかりやすいように思うんです。
     
    逆に、表の顔が性のエキスパートでは、
    娼婦になっても、
    「得意なスキルを活かして、外見化けた」だけに映り、
    一番大事なはずの、変身と変心~
    内面の変化が、わかりにくく思うんです。
     
    その上で、化けたほうのリサが、
    まさに皆さんが、言われるように、
    魅力的で行動的で、素敵な大人の女性に描けていたら、
     
    「アレンビーでは、今が限界、
     これからは下るだけと、思っていたけれど、
     リサになったら上手く行った。
     またリサになりたい。
     リサはやめられない。」
    に、
    ぐっと説得力が、出たように思います。
     
    すると鏡との対話シーンも、また対比の象徴に思えます。
    セラピー室で、
    天井の鏡を見て、自分に手を振ってみても、
    自分にも仕事にも嘘が無く、裏表がないからこそ、
    何も変わらないコロンボと、
    自分を説得して鼓舞する、幻の、
    もう一人の自分~リサが出て来るアレンビー。
     
    そう思うとここは、さらに忘れられたスターの、
    逆のパターン~ネガ・ポジの恐怖にも、思えるんです。
     
    「年をとり、鏡を見て、自分が消えてゆく」
    忘れられたスターと、
    「頂点を過ぎたのに、鏡を見て、自分以上の自分が現れる」
    現れた(幻の)スター、幻の娼婦です。
     
    チューバ、バーテンダー、掃除のおばさんなどの場面も、
    ドラマとしての、緩急・コントラストをつけるためでしょうが、
    アレンビーが、夜、犯罪、裏の人間になったわけですから、
    ここも、健康や昼間、自分の仕事に裏表なく、
    楽しんだり誇りを持って働く、対比の人として、
    配置されているようにも思えます。
     
    本当に、私見で恐縮ですが、
    「(多分)女性セックスカウンセラーと言う職業を
     (特徴的で面白いと)先に決めてしまった!?」
    ために、
    最後まで、お話を作ったあとで見返すと、
    全体の流れや、内面変化、結論が、
    むしろ、伝わりにくくなったんじゃないかと。
    なぜリサの衣装がなかなか捨てらず、こだわるのか?
    リスクの大きさの割りに、意味や効果があるとは思えない、
    終盤のリサ再登場の挑発を、なぜわざわざしたのか?
     
    「私ならしない。理解や感情移入しにくい。」
    と、
    思われた方が、多かったのではないでしょうか?
      
    「幻の娼婦」は、名作になりえる可能性を秘め、
    果敢に挑戦しながら、結果的には…
    確かに、成功よりは不発に近いかも知れません。
     
    一見、魅力的なトリックで、序盤のテンポも良い割に、
    肝心の謎解きも、往年と比べたら切れ味イマイチで、
    目の肥えたファンの方が見れば、減点箇所は多々でしょう。
    それでも「幻の娼婦」では、まだ、
    刑事コロンボを、コロンボとしてやろう!と、
    模索して手探って、挑戦している気がする、
    その意欲のような物は、買いたくなって来たのです。

  32. 昨夜久しぶりに録画してあるこの作品を見ました。その後ジョン・マクレインの件で検索してここが見つかり
    皆さんの感想を呼んで、なるほどとうなずくことばかりです。
    ストーリーとしてはあれですがこの作品は、日本のアニメでいう温泉回、みたいかなとも思いました。
    コロンボのためのコロンボ作品、
    ところどころにニヤッとするお遊び、意外な一面がちりばめられていて私は大好きです。
    帰った後のお約束のもう一度は過去最大回数ではないでしょうかw思わず笑いこけました。
    窃盗犯との話し合いで 掛け合いの中
    俺、白なの?というながれが笑えました
    心理的には抑圧を受けた後の行動など典型的でわかりやすくよくできていると思います。
    カウンセラーがコロンボに相談しちゃうシーンではその答えが素敵でチューバと共に彼を身近に感じられました
    後死体が瞬きしちゃうのも、わざとかもしれません、安物の映画の真似をしたお遊びかなとも思えます(宇宙船をつるしているワイヤーをわざと映すようなノリ)
    あとこの原題を見てすぐに同年代の映画の
    Sex, Lies, and Videotape
    を思い浮かべました

  33. 犯人の彼女は、支配者を抹殺したかったのだろうと、2度目の視聴で感じました。
    「リサとして生きた時間が恐ろしかった。」
    とラストシーンで語る内容は、とても深い意味を持つものでした。
    普段の自己よりも、もっと魅力的で勇気と自信にあふれるリサを、彼女は乗り越えられなかった。
    人が成長し続ける過程で、どうしてもぶち当たる壁なのだろうに・・・。
    理想と現実の自己とのギャップに愕然とし、あまりの乖離にあがく事すら放棄してしまう。
    本当はジタバタしてでも理想の自己を目指して、みっともなくても堂々と自己を生き切るべきなのに。。
    彼女はそれが出来なかった。
    理性的な知性溢れる強き女性としてのステイタスを自ら作り上げ、そのかりそめの自己の、未発達な段階のプチ成功を、「人生のすべて」と思い込んでしまった。
    だから被害者と愛人の戯れている場面を見た時の嫉妬・憎悪・苦しみを自らが体験させられ、彼女自身が一番驚いたことだろう。
    なにこれ?こんなの私じゃない!!
    と愕然として、ついには憎悪の対象を裏切った恋人に向けた。
    だって。。。
    嫉妬心を抱かされたということは、<彼が私を支配してる>ということになるのだから。
    彼女の多用言語の一つに「支配」がありました。
    きっとそれは彼女にとっての大きな人生テーマだったのでしょうね。
    もしかして父親から支配されていたのかもしれない。
    「私はだれにも支配されないわ。」
    という信念を持って生きてきた筈なのに、蓋をあけたら彼に支配される自己に、人生になっていた。
    気づいた時に恐怖に慄いたことでしょう。
    だから裏切られた腹いせに殺した、という表面上の動機を餌に、支配者を抹殺した、という根深い動機があったように感じました。
    だからリサを恐れた。
    自己を支配しようとしている人物が、またもや現れたから。
    もっともっと自由に生きれば良かったのに。
    リサのようなオンナとしての部分を恐れず表現し、周囲にどう思われようが自分らしさとして、理想を現実に転換させるように生きればよかったのに。
    だから私は彼女を軽蔑しません。
    コロンボの最後の言葉とも重なりますが・・。
    欲しいものは欲しいと言ったほうが勝ち。
    と、心底感じます。
    表現したい自己をどんどん現して、周囲の評価など気にせず、自分が自分を評価してあげればいい。
    自分を支配するのは自分だけなのだから。
    彼女は最後に、だれの支配も受けず自由になれたのだろう。
    コロンボは彼女の仮面をはがしてあげた。
    良かった。

  34. はじめまして
    素晴らしいサイトですね
    コロンボ情報が充実していて楽しんで拝見しております
    この作品は女性の変身願望やらセックスカウンセリングやら見ている方としては置いてけぼりだった印象です
    とはいえやたら記憶に残っている作品でもあります
    なぜならジョーンが空港から引き返す(この予定外の行動が殺人の動機になりますが)シーンで『コロンボの舞台はロスだからこれはロサンゼルス空港か、じゃあここはダイハード2の舞台になった場所かな』と思った矢先に「ジョン・マクレーン様」という呼び出しの場内アナウンスがかかるせいです
    日本側のスタッフの仕業かと思ったんですがオリジナルでは「Mr.ブルース・フィリプス」が呼び出されているようです
    スティーブン・スペルバーグ少年のようなトボケた名前(笑)
    これは完全にダイハード2を意識したお遊びですよね
    ちなみにダイハード2は1990年公開なので本作品の翌年の作品ですが、制作時期が被っていても不思議じゃないです
    ロス市警のコロンボ警部とジョン・マクレーン警部補がニアミスしているなんて想像するだけでニヤニヤしてしまいます

  35. 重ね重ねしつこく書くが、かばんの中身でヒヤヒヤさせるのは止めて欲しい。
    それも場所を分けて引っ張りすぎだろう。
    最後、コロンボは、ジョーンの内面の真実と真正面から向き合った。
    ジョーン:これで自白したわけだけど、教えて。
         わたしを軽蔑なさる?。
    ・・・・・・・・・・・・・・
    コロンボ:先生との会話はとっても楽しかったし、
         それに、よーく分かったつもりですよ。
    ジョーンはコロンボの証拠固めと追及とに敗れたわけだが、
    これほどの「やさしさに包まれたなら」、ある意味本望だっただろう。
    犯人と向き合うコロンボは、好きです。
    背を向けるコロンボは、大嫌い。

  36.  テッドさん。
     >ドロシー・チャンドラー・パビリオン
     そういえばそうだ。リンカーン・センターだったらLAPD所属なのに「コロンボNYへ行く」になってしまいますね。ありがとうございます。

  37. 連投ですいません。ストーリーについても真面目に(?)
    考えてみました。ぼろんこさんをはじめ皆さんこのエピソードが
    お気に召さないようですが、もしかするとドラマではない部分に
    隠された真の主張があるせいではないでしょうか?
    心理学の名の元に“性”をあからさまに語ったり
    分析したり、あまっさえビジネスにまでしてしまう人種へ
    の抗議がこのエピソードに隠されているのでないでしょうか?
    主人公の男性同僚達が道化のように描かれているのも
    最後のモノローグも、それを裏付けているように思えるのです。
    もしかしたらこの手のタイプの女性オピニオンリーダーに
    対する批判が本音なのかもしれません。むしろ嫌悪感かも。
    これをまともに主張するのは危険です。女性差別と
    言われかねない内容ですし。でもドラマとしてなら安全です。
    エンターテイメントだと言い逃れができます。
    筋書き自体はありがちな内容です。他人にあれこれ性の指南をしておきながら、
    パートナーの浮気を知ると侮辱をはらすために(もしくは保身のため)殺人を
    犯してしまう。医者の不養生ならぬセックスセラピストの浮気知らずというべきか。
    盛んに性生活にゲームの取り入れることを推奨していましたが、
    不実はその範囲には入らなかったのか?
    とにかく古典的ストーリーを単に舞台回しに使っているように思えます。
    スパイスとして変身願望(多重人格?)を加え、性にかかわる
    テーマは嫌悪感を感じる人も多いでしょうから噴水&音楽シーンは
    気分転換用お口直し?(確かに私は上の通りまんまと気分転換させられました)
    言いたい事が別にあり、無理矢理ストーリーを仕立てたことが
    全体として違和感を感じさせるのかもしれません。ちょっとうがち過ぎでしょうか?
    本当のところどうなのか脚本家に聞いてみたいですね。
    状況証拠だけの勝手な推理失礼しました。

    1. 今日、もう一度読み返しました。
      素敵なコメントをありがとうございます。

  38. 私はコロンボ警部がチューバを吹いてくれたので
    吹奏楽経験者として勝手に盛り上がっておりました。チューバ吹きは
    気になるらしく、内外のチューバの掲示板にもこの件は載っており、
    コロンボ プレイズ チューバというこのシーンだけの動画もありました。
    「チューバしか触らせてもえなかった」というのも、
    恐らくチューバしかもう残っていいなかったという意味で
    これは立派な性格描写なのです!
    吹奏学部の新入生は最初に担当楽器を決めるのですが、
    トランペットやサックスなど華やかな楽器は希望者が多いので、
    先に定員が埋まってしまいます。控えめな性格の子は
    チューバなどいわゆる中低音楽器に回されてしまうんですね。
    これはアメリカも日本も同じで、吹奏楽経験者なら
    おもわずそうそうと言ってしまうのではないでしょうか?
    奏者をみていてもコツコツ型の性格の人が多いですね。
    まさにコロンボにピッタリの楽器です。
    日本の学校では課外クラブ活動ですが、アメリカの吹奏楽は
    芸術科目授業の選択の中にあるので経験する人ははるかに多く、
    共感した人も沢山いたと思います。
    演奏吹き替えは「未知との遭遇」(1977)のあのコンタクト
    の5音の旋律を吹いたスタジオプレヤーのジム・セルフ氏なのか
    もしかして有名なチューバ奏者ロジャー・ボボ氏なのか?
    彼がロサンゼルスフィルハーモニックに在籍していたのは
    1964-1989 なのでギリギリ時代も合っています。
    しかし証拠が見つかりません。
    またこのホールはロサンゼルスの総合芸術施設ロサンゼルス・
    ミュージックセンター内にある歌劇場ドロシー・チャンドラー・パビリオンで
    かつてはアカデミー賞の授賞式が行われていたそうです。
    NYのリンカーンセンターに似ていますが、
    リンカーンセンターの噴水は池に設置されていて、
    地面から噴き出す方式ではないし、
    あのヘンテコな形のモニュメントがありません。
    偏った内容で長文失礼しました。

  39. 私はコロンボ警部がチューバを吹いてくれたので
    吹奏楽経験者として勝手に盛り上がっておりました。チューバ吹きは
    気になるらしく、内外のチューバの掲示板にもこの件は載っており
    Columbo Palys Tubaというこのシーンだけの動画もありました。
    「チューバしか触らせてもえなかった」というのも、
    恐らくチューバしかもう残っていいなかったという意味で
    これは立派な性格描写なのです!
    吹奏学部の新入生は最初に担当楽器を決めるのですが、
    トランペットやサックスなど華やかな楽器は希望者が多いので、
    先に定員が埋まってしまいます。控えめな性格の子は
    チューバなどいわゆる中低音楽器に回されてしまうんですね。
    これはアメリカも日本も同じで、吹奏楽経験者なら
    おもわずそうそうと言ってしまうのではないでしょうか?
    奏者をみていてもコツコツ型の性格の人が多いですね。
    まさにコロンボにピッタリの楽器です。
    日本の学校では課外クラブ活動ですが、アメリカの吹奏楽は
    芸術科目授業の選択の中にあるので経験する人ははるかに多く、
    共感した人も沢山いたと思います。
    演奏吹き替えは「未知との遭遇」(1977)のあのコンタクト
    の5音の旋律を吹いたスタジオプレヤーのジム・セルフ氏なのか
    もしかして有名なチューバ奏者ロジャー・ボボ氏なのか?
    彼がロサンゼルスフィルハーモニックに在籍していたのは
    1964-1989 なのでギリギリ時代も合っています。
    しかし証拠が見つかりません。
    またこのホールはロサンゼルスの総合芸術施設ロサンゼルス・
    ミュージックセンター内にある歌劇場ドロシー・チャンドラー・パビリオンで
    かつてはアカデミー賞の授賞式が行われていたそうです。
    NYのリンカーンセンターに似ていますが、
    リンカーンセンターの噴水は池に設置されていて、
    地面から噴き出す方式ではないし、
    あのヘンテコな形のモニュメントがありません。
    偏った内容で長文失礼しました。

  40.  ぼろんこさん。
     『サザエさん』繋がりの小ネタをもう一つ。
     先代波平(永井一郎さん)やカツオ(高橋和枝さん/冨永みーなさん)、ノリスケとノリスケ母の出演は把握されているでしょうか。旧シリーズで何作も出演している「若本紀昭」さんのお名前にもご注目を。巻き舌ナレーションでも知られる『サザエ』穴子さん役・若本規夫さんの昔の芸名です。初代穴子さん役で今年亡くなったたてかべ(立壁)和也さんのお名前も複数作でみられます。新旧穴子共演回だってありそうな。

  41. 「噴水の動きに合わせて、音楽を奏でるシーン」が印象的…というコメントを頂き、心が温まりました。
     
    「『サザエさん』と『コロンボ』の吹き替えは同じスタジオ」というコメントを頂き、ひゃっほ!と心で叫びました。

  42.  BS-TBSの放送を観終わりました。デジタルリマスター版は最後のユニヴァーサル・ロゴの下に”ACM”ならぬ”MCA”ってハッキリ出ますね。
     皆さんご指摘の通り確かにあんまり美味しくないですね。誘惑されそうでされないコロンボにも一因があるでしょう。メトロポリタン・オペラとも馴染み深いリンカーン・センターが映るけれど、テューバとスーザフォンの掛け合いと資金集めのパーティーも、物語の本質にはあまり噛み合って見えません。仕事場の縺れた片想いの事情も、もっと上手に料理出来そうなのに。
     「幻の娼婦」から先立つこと9年前? 『帝国の逆襲』の脚本家に行き詰っていたジョージ・ルーカスは、インディ・ジョーンズの冒険を映画化する過程でスピルバーグから紹介された脚本家のローレンス・カスダンに依頼し、他の脚本家によるプロットを映画化用脚本に仕上げる事が出来ました。そのカスダンが初めて映画を監督したいと考えた時、クレジット無しで援助したのがルーカスです。『白いドレスの女』として世に出る事になりました。
     「幻の娼婦」はサックスを多用した音楽とけだるい雰囲気は『白い~』の残り香みたいなものを感じられます。『危険な情事』や『エンゼル・ハート』、『戦慄の絆』などどんでん返しの異常心理モノ、サスペンスが多産された時期を反映したものか、「幻の娼婦」もセラピストが他人を演じる事に快感を覚え溺れていく危険な味があります。もう少し掘り下げれば「二重人格の犯人とコロンボの対決」にも結実し得たでしょう。コロンボも私生活と事件捜査で全く人格が異なっている(=二重人格)ように見えるのですから、大層スリリングな作品になったに違いない。サイコ・サスペンスしようという意識は見えながら、あちこち食指を伸ばしつつ中途半端なのがいただけない。『金曜ロードショー』で放送された時水野晴郎さんはどんな解説をされていたでしょうか。
     ちなみに昭和62年テレビで『白い~』が放送された際、吹き替えの台詞を書いたのは『コロンボ』と同じ額田やえ子さんでした。あちこちで「黒いドレス」と繰り返されるのでイヤでも記憶に残りますが意図的なものか(苦笑)
     ヘレン役を吹き替えた麻生美代子さんは『コロンボ』を演出して来た左近允洋ディレクターの奥様。実は『サザエさん』のフネ役でもあります。『サザエさん』と『コロンボ』の吹き替えは同じスタジオで録音されていたそうですよ。どうでもいいヒトにはホントにどぉ~でも良い接点が2点でした。お粗末!

  43. コロンボさんが、楽器を吹くシーンがありますね。あれは、なんでしょうか・・ホーン・・?
    その時に見せる笑顔がとっても、素敵です(#^.^#)
    噴水の動きに合わせて、音楽を奏でるシーンは、殺人とは対照的です。
    侮辱されたと感じ、プライドを傷つけられ、自尊心も傷つけられた犯人の、思いつめた顔。そして、自分の人生も相手の人生も奪い取ってしまう行為。
    でも、ちょっと引いて見て見れば、人生は、あの噴水のように落ちたり、上がったり、そして、時にはユーモラスでもあります。
    コロンボさんの、満面の笑顔は、そんなことを示唆しているようで、印象的でした。

  44. 殺人動機には、十分同情できる。
    自らの尊厳を守る、恥辱を晴らすことが動機だった。
    単なる私利私欲では無い。こういう場合の散り際はきれいだ。
    コロンボは、罪を憎んで人を憎まずなので、動機の深いところを見ている。
    そのオーラは、いつも間にか犯人へも伝わり温かく照らしていく。
    これこそ、コロンボの逮捕の瞬間となる。
    そういう意味では、「幻の娼婦」の終わり方は好きです。

  45. 犯人宅の暖炉の前で、コロンボは犯人の証拠が入ったバックを抱え込んで
    会話するシーンがある。バックを抱え込んでいる意味が全く分からない。
    コロンボの動作がとても不自然です。
    コロンボは、常々、犯人の常日頃とは異なる不自然な行動に着眼し、そういう
    細かな部分の積み上げ、つなぎ合わせて犯罪の全体像を暴いていきます。
    そのコロンボがですよ、常日頃行わないような不自然な動作をしないでほしい。
    いつもやっているなら、最初のシリーズからやり続けるべきで、新シリーズでも
    やり続けるべきです。一貫性が無くなってくるし、コロンボの主義とも異なる。
    (現場のつまみ食いは一貫性があります)
    暖炉の前に置いていたバックが熱くなっていたので、それを他へ移すのであれば
    理解できるが、なぜそのバッグを抱え込んでおく必要があるというのか?。
    ヒヤヒヤ感を煽って緊張感を与えるという、こんな演出は止めてほしいです。
    もっと内容で勝負してほしい。
    また、リサは何故再登場したのか?。
    黒い服は、何故早々に焼かなかったのか?。
    リサは何故、コロンボを煽るような行動をとったのか?。
    何故、このような演出をするのか?。
    完全犯罪をし通すのであれば、どこまでも何もかも隠し通さなければならない。
    犯罪者は強靭な気力、用意周到な準備、何ものにも動じない勇気を持っていて、
    危ない行動を他に依らない自らの発想でとってはならないだろう。
    もし危ない行動が出るとすれば、それかコロンボの圧力に耐えかねて、自分に
    有利な追加証拠を捏造するための行動でなければならないはず。
    その完璧なはずの犯罪者を突き崩していくところに、コロンボのだいご味が
    あるのに。そこまで突き詰めて考えなくても、犯罪者は十人十色とも言える。
    だがしかし、旧シリーズには無かったことなので違和感がある。
    新シリーズは、一部のエピソードを除いて総じて好きにはなれません。

  46. タップおばさん「普段のアレンビー博士のほうがよっぽど魅力」は、同感です。

  47. ジョーン・アレンビーという女が復讐のためにリサという女に変装する。
    これがすべてのテーマだと思うんですが、
    「リサ」がちっとも魅力的じゃないんですよね。
    厚化粧も見るに耐えないし、無駄に露出した黒ドレスも似合ってないし。
    普段のアレンビー博士のほうがよっぽど魅力がある。
    この回が面白いと思えない要因をそこに感じます。

  48. Meさん、お返事が大変遅くなりました、すみません。動機が「自らの名誉を守るための保身」というのは頷けました。「安物のプリンだ」のお話も、たいへん興味深かったです。ありがとうございました!

  49. ぼろんこさん
    この作品は、ノベライズ版もあります。
    犯行の動機はまったく異なり、こちらは「裏切りへの復讐」ではなく、「自らの名誉を守るための保身」というのが動機だということです。
    ちなみに、僕はこの作品のDVDを観ましたが、被害者は影で浮気相手からの質問(ジョーンをデザートにたとえると?)に「rice pudding」と答えています。
    意味は「米が主材料のプディング」です。
    これが字幕だと「安物のプリンだ」と出ます。
    「安物」という言葉からも侮辱している感じはあります。
    疑問なのは、なぜこれが「腐りかけ」に変わったのかです。英語なら「She is like a rotten pudding」と言えば成立するはずなのですが・・・(「彼女は腐ったプリンのようだ」となりますから)
    翻訳は難しいです。

      1. 「rice pudding」をもう一度調べてみました。
        =日本料理の豆腐ではありません。
        米をミルクで煮た料理(デザート)の総称で
        アジア他、世界中にあるらしいです。

    1. はじめまして。
      今一気見してるところでこの話はまだ最初しか見てないのですが、空港でジョンマクレーンを呼び出してるシーンがあって思わずコメントしてしまいました。

      1. ジョン・マクレーンさま>確認しました。
        映画「ダイ・ハード」!ですね。
        ダイ・ハードが1988年、「幻の娼婦」が1989年ですので
        時代関係もぴったりです。

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