19話「別れのワイン」

Any Old Port in a Storm / 1973

プロローグ

ドナルド・プレザンスワイン醸造会社経営者のエイドリアン・カッシーニ(ドナルド・プレザンス)は、父の遺産を受け継ぎ、腹違いの弟リックはワイン醸造会社を受け継ぐ。しかし、弟リックは経営には無関心で、実質上の経営者である兄を差し置いて、大手(量販)酒造会社にワイナリーを売却することを告白。

兄弟の確執

ゲイリー・コンウェイワインとワイン作りをこよなく愛する兄エイドリアンは逆上し、リックを殴打してしまう。兄は「金にしか興味の無い低能で下品な弟」とリック(ゲイリー・コンウェイ)を見下し…、殺された弟リックは「飲めもしない程の高額ワインを買っている道楽者」と兄エイドリアンを変人扱い。この兄弟の対比も面白く描かれます。

作品としての品格を感じる「別れのワイン」

ストーリーは終止美しく展開しています。イタリア風のBGMを多用した他に、不規則に聞こえる「鐘のような音」がとても印象的で、特にエイドリアンの犯行隠避(いんぴ)の場面で多用されます。犯人のエイドリアンは決して悪人ではなく、怒りにまぎれて殺人を犯した。このまま罪を背負って「美しくない」余生を送るのも、喜ばしいことではないと感じています。その点では、後の作品28話「祝砲の挽歌」のラムフォード大佐の心情にも類似点を感じました。

ジュリー・ハリスは可憐

ジュリー・ハリス秘書のカレン・フィールディング(ジュリー・ハリス)は清楚で美しく描かれていました。コロンボ警部と初対面時「お遊びの相手は御免被りたいですわ」のセリフは絶妙。そのカレンが話の後半で一転し、エイドリアンを脅迫するのは、とても面白い展開でした。「つまらない理由で結婚するカップルはいくらでもいる。」と、彼に結婚を迫るシーンは哲学的です。また自宅でのシーンで、この後見たいテレビの「アラン・ラッド」は、あの名画「シェーン」の主役シェーンの人です。

カレンとジャニスの服がお揃い

ジュリー・ハリスニューヨーク旅行の飛行機の中で、秘書のカレンが着ていた服は、何と10話「黒のエチュード」の後半のシーンでジャニス・ベネディクトが着ていたものと酷似(ハッキリ言って同じ!)。(ゲストコメンテーターさん情報)→カレンとジャニスの服がお揃い

リックの婚約者

ジョイス・ジルソン名前はジョーン・ステーシー(ジョイス・ジルソン)。ですが本編で一度も名前が登場していない気がしませんか?彼女はお金が目当てではなく本当にリックを愛していた感じです。彼女が「家出捜索」を頼みに来たことで、事件発覚の前に、しかも殺人事件でもないのに、早い時間帯にコロンボが登場できています。

刑事コロンボをさらに楽しめる俳優

ヴィトー・スコッティ後半のレストランのシーンに登場します。このヴィトー・スコッティという脇役俳優さんの魅力を発見できたら、刑事コロンボの世界への入口を見つけたことと同じ意味ではないかと思います。

この俳優さんも良い!

モンテ・ランディスヴィトー・スコッティと一緒に叱られたワインをペチャペチャと飲み直すワイン係の男は「モンテ・ランディス」。この人も良い味を出しています。

リックの死亡原因を解説する専門家

ビクター・ミランバーで流れるテレビニュースでリックの死亡原因を解説する専門家は、15話「溶ける糸」に登場する刑事「ビクター・ミラン」という俳優さんに激似ですが、確認は取れていません。

話しかけるものの邪魔にされる

ロバート・ドナーこのテレビニュースを見ているシーンで、コロンボに話しかけるも無視される客は、ロバート・ドナー。会話はことごとく跳ね返されますが、天気について聞きかえされると、肝心な時には答えられませんでした。この時のバーのウエイター「あたしゃ今朝あったことも覚えちゃいませんぜ」は、有名エキストラ俳優の「マイク・ラリー」です。

ワイン屋のオヤジ

ジョージ・ゲインズほんの短いシーン、コロンボがワインの知識を学ぶために訪れたワイン屋のオヤジは「ジョージ・ゲインズ」。渋い演技を見せてくれています。彼は10話「黒のエチュード」の新聞社のエベレット役と同一人物です。

コロンボ警部がワインの銘柄を当てるシーン。バーガンディというのは、ブルゴーニュの英語名、ピノ・ノワールとギャメイ(ガメイ・ノワール)はその地方のブドウの品種です。クラレットとはいわゆるボルドーの英語名、カベニ・ソーヴィニオンはそのブドウの品種です。

ポーの小説でナントカの樽

コロンボ「ここで閉じ込められらコトですなぁ。」から始まり、エイドリアンが「アモンティラード」と答えた印象的なシーン。これはエドガー・アラン・ポーの「アモンティラードの樽」を差しています。

ワイナリー見学のガイド

ロバート・ドイルカッシーニ酒造の見学のガイド役を演じるのはロバート・ドイル。一癖ありそうな表情が印象的で、とても楽しい演技を見せてくれました。カッシーニさんの厳しさに見合う報酬を得ているそうです(笑)このワイナリーのシーン、あるいはワイナリーの外観はLAではなく、サンフランシスコ近郊かもしれません。

フランク・パグリアが可愛い

フランク・パグリアカッシーニ酒造で掃除をしているオヤジさんは、フランク・パグリア。熱弁を振るったわりには、リックさんは仕事一筋ってわけじゃないけど‥とトーンダウン。イタリア系の感じがとても可愛いです。このシーンの直後電話をかける時に、コロンボ警部は初めて「THIS OLD MAN」のメロディを口笛で吹いています。

ラストシーンも良い

「別れのワイン」と言う邦題の意味はラストシーンで見られます。コロンボとエイドリアンは車の中でワインを酌み交わします。エイドリアンはこれまでに収集したワインを全部ダメにして、海に捨てようとしました。犯行を自供し刑務所行きを覚悟する。これも俗世にさよならを言うような心境だったのでしょう。

YouTube「別れのワインのエンディングの曲」をパソコン演奏で再現しています。ワインやイタリアの雰囲気が漂う曲ですが、なぜか日本の大正ロマンにも通じる雰囲気がします。音楽もお好きな方は、こちらもご覧ください。(*ご注意:YouTubeへのリンクは音が出ます!)

人気ランキングで不動の1位獲得。

「別れのワイン」はどのような人気ランキングでも、常に1位を獲得してしまうという、不動の人気を誇ります。犯人役のドナルド・プレザンスを筆頭に、素晴らしい俳優陣。王道的なテーマ「ワイン」を扱った点でも、それが有利に働いています。

「別れのワイン」は刑事コロンボシリーズの最高傑作か?

この「別れのワイン」という作品は、コロンボシリーズの中で最高傑作であるとの呼び声が高いです。作品評を集めたサイトでは、数多くの意見が交わされています。概ね「作品としての品格や味わい」において非常に評価が高く、多くの人の支持を集めています。犯人役のドナルド・プレザンスが醸す高貴な雰囲気も好印象で、他の作品と別格であるとも感じさせます。題材がワインであることも、この作品の風格を持ち上げています。様々な意味で、この作品は味わい深いのです。
→人気作品ランキング

もちろん、私の考える「刑事コロンボシリーズの醍醐味」は、味わい深いことだけに終始しません。4話「指輪の爪あと」6話「二枚のドガの絵」15話「溶ける糸」などに登場する「憎たらしいほど強烈な犯人像」も見逃せませんよね。
 

おそらくチチアンにも、この美しい赤は出せなかったでしょう。

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ「おそらくチチアンにも、この美しい赤は出せなかったでしょう。もし試みたとしても、失敗したでしょう。」という、名台詞で始まる19話「別れのワイン」。チチアンはルネサンスのイタリア人画家だ。現在は「ティツィアーノ・ヴェチェッリオ」と呼ばれます。かつてはチチアン、ティシアンと呼ばれていたそうです。赤毛の女性を多く描いたことから、この場面で引用されたのだと思われます。
チチアン→ティツィアーノ・ヴェチェッリオ

ワインへのウンチクも勉強になる

ロバート・エレンシュタインこの作品はワインの知識が多く盛り込まれていて楽しめます。エイドリアンの友人たちが集まるシーンでは、ステイン(演:ロバート・エレンシュタイン)もワイングラスのフット・プレート(底の台)を持っています。これは手の体温でもワインが不味くなってしまうことへの配慮だと思われます。

ダナ・エルカーが可愛い

ダナ・エルカーエイドリアンの友人でテキサスのファルコンさんを演じるのは、ダナ・エルカー。大切な筆記用具をコロンボに持ち逃げされそうになります。この人もなかなか印象深いキャラでした。歯に噛んだような表情がお茶目でしたね。

ワイン仲間のルイス

リジス・コーディック同じくワイン仲間のルイスを演じるは俳優「リジス・コーディック」。この人は次作の20話「野望の果て」で、ヘイワード護衛の指揮をとる偉い人(副局長・次長クラス)です。

事件現場でニックの車について語る警官

ジョン・マッキャン煙草をくわえたコロンボ警部に「火を着けましょうか?」と話しかけ「いや節煙中で、くわえてるだけ」と断られた。その直後にやはり吸いたくなった警部から「マッチ持ってる?」と聞かれて「いえ、持ってません」と応じている!噛み合ってない二人の会話が笑えます。この警官(ジョン・マッキャン)は後の45話「策謀の結末」で何と銃の密売人になっています。

バーで天気を尋ねられる客

ボブ・ハークスバーで「先週の火曜に雨が降らなかったか?」と尋ねられ「さぁ覚えていないね」と答える男性のお客さんは「ボブ・ハークス」この眉毛の濃い俳優さん、ちょい役で何度もコロンボに出ている常連俳優です。

ワインのオークションを仕切る人

ウォーカー・エドミストンワインのオークションを仕切る人は俳優「ウォーカー・エドミストン」で、13話「ロンドンの傘」で、サー・ロジャーの車を洗車していた人です。

カッシーニ・ワイナリーのロケ地

「カッシニーワイナリー(ロケ地)」がどこであるか?これに興味を示すコロンボファンも多いことでしょう。カッシニーワイナリーはロサンゼルスより東に位置する、オンタリオ国際空港近くにあった「旧アスティ・ワイナリー」だと思われます。2021年の今でもその外観がカッシニー・ワイナリーだと断言できる建物が現存します。‥続きを読む
カッシニー・ワイナリーの詳細記事
カッシニー・ワイナリー(GoogleMaps)
カッシニー・ワイナリーカッシニー・ワイナリー

シリーズ中、最も有名なレストラン

カッシーニ・ワイナリーの次に、ロケ地を知りたくなる場所‥それは後半に登場する「コロンボ、エイドリアン、カレンの3人がお食事をしたレストラン(写真左)」です。これまでこのレストラン所在地は確認できませんでした。2021年コメンテーターの方の助言で、店内が「セット」であることがわかりました。1972年~制作されたユニバーサルTV制作の邦題「バナチェック登場(探偵バナチェック) 」で同じセットがすでに使われていたのです。フィリックス・マルホランド書店という設定(写真右)です。話の舞台がボストンですので、おそらく店内セットをロスで再現したのだと思われます。ですのでおそらく‥「別れのワインのレストラン」は実在しないのです。「バナチェック登場」は1977年フジテレビ系列で放送されたらしいです。
コロンボ、エイドリアン、カレンの3人がお食事をしたレストランバナチェックのフィリックス・マルホランド書店

監督:レオ・ペン
脚本:スタンリー・ラルフ・ロス
原案:ラリー・コーエン
音楽:ディック・デ・ベネディクティス

エイドリアン・カッシーニ:ドナルド・プレザンス(声:中村俊一)
秘書カレン・フィールディング:ジュリー・ハリス(声:大塚道子)
エンリコ・ジョセッピ・カッシーニ:ゲイリー・コンウェイ(声:加茂嘉久)
ファルコン(ワイン仲間):ダナ・エルカー(声:神山卓三)
ルイス(ワイン仲間):レジス・コーディック
スタイン(ワイン仲間):ロバート・エレンスタイン
ジョーン・ステーシー:ジョイス・ジルソン(声:北島マヤ)
ビリー・ファイン(リックの友人):ロバート・ウォーデン
アンディー・スティーヴンス(リックの友人):リード・スミス
キャシー・マーロウ(リックの友人):パメラ・キャンベル
レストランのマネージャー:ヴィトー・スコッティ
レストランのワイン係:モンティ・ランディス
バーテンダー:マイク・ラリー
警官:ジョン・マッキャン
ワイン店店主:ジョージ・ゲインズ
ワイン醸造所ガイド:ロバート・ドイル


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犯行のトリックが分かり難いという意見もあります。

エイドリアンがニューヨークに発った時点で、殴打されたリックがまだ生きていた点などを見逃すと、全く意味がわからないので、犯行を暴くトリックとしては決して簡単なものでは無いですね。また、エイドリアンはワインのテイスティング(味見)においては、人並みはずれた能力を持っていて、ニューヨークへの往路の機中で「このワインはマズい」という表情をしたのも見逃せません。

頭を殴打された弟リックはまだ生きていた

倒れたリックの様子を伺う兄エイドリアン。「即死してはいない…回復する可能性もある」と想像します。もし彼が一命を取り留めれば「ワイン工場の売却」「傷害罪あるいは殺人未遂」…きっと、全てを失うことでしょう。そこで「このままリックを確実に殺してまおう」と思い立ちます。

ニューヨーク滞在を1週間に延ばしアリバイを作る

頭部損傷で気を失っているリックをワイン貯蔵庫に閉じ込めます。手足を縛って身動きを封じ「空調設備(冷房と換気)を切り、工夫を施しリックが数日以内に確実に死ぬように工作した。ニューヨーク滞在期間を延ばしたことからも、リックが何日後に死ぬか?までは、想定できなかったと思う。「実際には2日以内に死亡」
頭部をカゴのようなもので覆い「さらに息苦しくする」
呼吸を満足に出来ないようにし(声を発することも抑える)、と思われる。そして死亡時期を遅らせる(息苦しくする、死後硬直を遅らせる効果もあったか…)」

リックの死体を海に投げ込み、スクーバダイビング中の事故に見せかける

これにより、エイドリアンは自分のニューヨーク滞在中に、リックが事故死したと思わせた。が、コロンボ警部により様々な矛盾を見抜かれることとなるのです。


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加筆:2020年7月23日

刑事ぼろんこチャンネル

“19話「別れのワイン」” への310件の返信

  1. 何方か既にアップされてるかもですが(コメントが多過ぎて確認するのが面倒って? その通りです…)、最近放送された映画「The Sting」にファルコン役のダナ・エルカーさんのお顔も見えましたね ニセのFBIの設定でした テレビドラマ中心の脇役俳優さんだったとの事ですが、有名な映画にも出演されてたんですねぇ

  2.  皆様のコメントの多角的視点から学ぶことが、相変わらずとても多いです。
     ここ数週間、改めて再認識させられたのは、同じ『刑事コロンボ』を鑑賞しても、女性と男性での重視するポイントの差異が大きいことについてで、特に本作「別れのワイン」のコメントを過去に遡って読んでいくと、その傾向が顕著に表れていることに気付きます。
     もうひとつ、最近の新発見としては、43話「秒読みの殺人」に犯人ケイへ寄せられた女性からの共感の声が非常に多く、旧シリーズ終盤のシモンズ制作回で最も人気があり反響があったことについてで、これは男性の私としては、ちょっとした驚きでした。
     まだまだ全く勉強不足であることを痛感いたしております。 

  3.  「刑務所は、結婚より自由かもしれませんな」について、アイス様が微糖スコッティ様につけた別のコメントでお声をかけていただいたのですが、このセリフについては、以前こちらで書こうかなと思った”そもそも論”があるので、分けたコメントとさせていただきます。
     そもそも原語版では、この場面でカッシーニさんはこうした言葉は言っていません。「自白する。肩の荷をおろした気分だ」「どうして」に続く部分、原語および私なりに考えた訳(意味)を書きますと、

    Karen guessed the truth. She’s turning the thumbscrews on me.
    「カレンが真相に思い当たって、私にキバ(直訳:中世の拷問具のネジ)を剥いてきましてね」
    She’s quite a little iron maiden, that lady.
    「カレンは恐ろしいひとですな(直訳:鉄の処女=中世の拷問具の名称と女性にかけてある」
    I guess freedom is purely relative.
    「自由とは結局、比較の問題なんでしょうね」

     つまり、ここでカッシーニは、「結婚を迫ってきた」とは言っていないわけです。具体的な内容も言っておらず、「歯向かってきた」という意味の言葉だけですが、想像できるのは「ゆすり」だろうと思います。
     それに続くセリフは、原語は「カレン」であることを明示しています。日本語版の「女性は怖い」でもそう取れるでしょうが、同時に女性一般について言っているかのように感じる人もいるのではないでしょうか。
     そして3つめでは、「刑務所と結婚」ではなく、”自由”について「relative(相対的)なものにすぎない」と言っています。ここも具体的なことは触れてはいませんが、「このあとの人生を、カレンにゆすられ続けながら過ごすか、刑務所で暮らすか」ということに取るのが自然かと思います。少なくとも、結婚は(仮にカッシーニが心の中で思っていても)言葉として表には出てきていません。
     日本語版は、具体的な内容に言及されていないことを逆手に取って「結婚」にすることで印象を高めようとしたのではと想像します。上記の私の解釈が間違っていなければ、原語版はずっとドライで、日本語版はウェットに変えられている、というと紋切型の比較文化論になるでしょうか。
     なお原語を確かめるため、私が持っているブルーレイ版全集を見たら、ここは日本語字幕も放送された日本語版とほぼ同じにしていて(つまり「刑務所と結婚」が出てくる)、原語に沿った訳にはなっていませんでした。それだけ日本語版のセリフが魅力的ということでしょうね。
     これまでも書いたことがありますが、原語が日本語放送版と違うことはちょくちょくあります。すぐに思いついたのは、「パイルD-3の壁」の最後。「カントリーとクラシックでは水と油」というコロンボに対して、犯人が「建築屋と犯人もだ」と言いますが、原語では単に「そうだな」という内容の言葉を言うだけです。
     日本語版はこうした”お化粧”があるため、日本語版だけから「コロンボ」という作品や製作陣の意図をとらえようとすると間違うこともありうる、と以前も別のコメントで書いたことがありますが、あまりこうしたことを書くのもどうかと思って控えるようにしています。今回はちょうどこうした例が出てきましたので、書かせていただきました。
     なお、私は「刑務所と結婚」について話をするのが無意味だといいたいわけではまったくありません。そうした誤解を受けるのは本意ではありませんので付言させていただきます(「刑務所と結婚」については、考えたことがなかったので、すみませんがアイス様にも的確な答えがすぐには思い浮かびません・・・)。

    1. すみません、「パイルD-3の壁」の犯人マーカムさんのセリフ(日本語版)をなぜか「建築屋と犯人」と書いていましたが、「建築屋と殺人」ですね。訂正します。失礼しました。

    2. tempus fugit 様
       「別れのワイン」に限らず、「パイルD-3の壁」の日本語吹替も原語と相当違いますね。
      >「カントリーとクラシックでは水と油」というコロンボに対して、犯人が「建築屋と殺人もだ」
      は、いい翻訳とは言えませんよね。それでは、クラシックが「油」や「殺人」になってしまいます(笑)。
       同じ「パイルD-3の壁」のから、別な部分でどのくらいニュアンスが変わるかの例を、今、7話「もう一つの鍵」に続き、Blu-ray(DVDも)から調べてみました。
      『日本語吹替』
      マーカム:「ところでだ、あんたは人からクモみたいだと言われたことはないかな?」
      コロンボ:「はぁ?」
      マーカム:「クモは一見のろまだけど、実に執念深くて、狙われたら最後、獲物はまず逃げ出す望みは無い」
      コロンボ「あたしはそんな・・・」
      《DVD英語字幕》
      マーカム:「Liutenant….has anybody evertold you….
      ….you’re very much like an arachnid?」
      コロンボ:「A what?」
      マーカム:「A tick.Quite common,but Excessively tenacious.
      They hang on and they let goonly under extreme prodding.」
      コロンボ:「I’ve never heard of’em.」
      〔DVD日本語字幕〕
      マーカム:「ダニのようだと言われたことは? 平凡な虫だが実にしつこい。振り払っても容易には離れない」
      コロンボ:「ありませんね」
      〖YC-30版 日本語試訳〗
      マーカム:「警部、クモみたいな生き物に似ていると誰かに言われたことは?」
      コロンボ:「何です?」
      マーカム:「そう、よくいるダニだ。非常にしつこくて、全力で叩いてやったら、ようやく離れるんだ」
      コロンボ:「そんなふうに言われたこと無いです」
      一事が万事この調子で、『刑事コロンボ』の日本語吹替は、大胆な意訳(異訳)が非常に多いものですから、うかつに信用出来ませんよね(笑)。

      1.  いまでは、額田やえ子さんによるもともと見事な日本語版台本のセリフを、演出家の左近允洋氏がさらに磨き上げた(変えた)ところが多々あることが明らかになっているので、日本語吹替版は原語の「コロンボ」とは違った、日本語版としての独自の存在としてとらえたほうがいいのだろうと私は思います。
         海外ドラマの日本語版制作では、もとのセリフの長さによる制約や、耳で聞いた時の日本語としての自然さやわかりやすさ、あるいはリップシンクなどで、どうしても原語通りにはいかない場合があることは想像できます。そして、そもそも演出家は、原語に沿った正確さを求めて日本語版を作っているわけではないでしょう。
         子ども時代にさまざまな外国テレビドラマ(もちろん吹き替え版)を見て育った私としては、そうした日本語版を否定する気持ちはまったくありません。「歌声の消えた海」のコメント欄に「ナポレオン・ソロ」について書かせていたいただいたように、吹き替えでのやりとりのおもしろさや声優さんたちの見事な演技は、ある意味で原語版を超えたところもあるといえそうで、かけがえのないものだと思っています。
         しかし一方で、こうした作品について(「コロンボ」ではありません)原語とはかけ離れた日本語版をもとに、作品や製作者の狙いについて論じている文を読んだことがありました、私はたまたまオリジナルを知っていただけに「それはちょっとなあ」と思わざるをえませんでした。そこで、ぼろんこさんのこのサイトに出入りするようになっても、ついこうしたことを書きたくなってしまいます。自分自身、あまり褒められたことではないと自戒しているのですが。
         「もうひとつの鍵」でご指摘の部分は、もしかしたら原語にあわせて「ダニ」と「クモ」を途中で変えると、視聴者に「ダニとクモは同じものだったっけ?」というように注意を逸してしまうのでは、と配慮したのかもしれませんね。とはいえ、別のところで話題にされている「電車賃」は、セリフの尺の問題とも思えず、なぜこうした改変をしたのかやっぱり謎ですね。

        1. tempus fugitさま

          「刑務所は、結婚より自由かもしれませんな」というエイドリアンのセリフについては私は深く考えたことは無く、まさにtempus fugitさまが解説された「このあとの人生を、カレンにゆすられ続けながら過ごすか、刑務所で暮らすか」というニュアンスで薄っすらと捉えていました。しかし英語で確認した方がより理解が深まりますね。私もBlu-rayを持っているので英語字幕は見れるものの、ついつい日本語字幕に頼ってばかり。これからは好きなエピソードだけでも、英語字幕で視聴することに挑戦してみようと思います!

          しかし、これだけ原語と日本語の吹き替え及び字幕の乖離があると、別物として楽しむべきでしょうね。映画やTVドラマなどは映像があるので、言葉以外の作品を理解する手掛かりがありますが、これが文学となると文面の言葉そのものが全く違う言語に置き換わってしまうのですから、その変貌たるや比べ物にならないでしょう。そのことをよく念頭において、海外ものは鑑賞しなければならないということですかね…

          カレンの逆プロポーズについては、個人的には彼女なりの不器用な愛の告白だと捉えていたので、エイドリアンの反応はちょっと過剰反応というか、えぇ、どうして…?と思うところもありました。

          しかし実際、殺人という秘密を握ってしまったカレンと結婚するのは、スタート地点から対等な関係とはもはや言えず、エイドリアンにとっては人の弱みにつけ込んだゆすり以外の何物でも無かったのでしょうね。レストランへ行くシーンくらいまではエイドリアンも彼女に好意を持っていたのは明らかですので、カレンからの逆プロポーズ(ゆすり)によりすっかり彼女への愛は冷めてしまったということなのでしょう。

          もしカレンが「貴方でしょ、弟さんを殺したのは。コロンボさんはそう考えているみたいよ。もしそうなら、自首してください。ワイナリーのことは心配しないで、貴方が刑を終えて帰ってくるまで私が守っていますから。」と言っていたら、2人の恋の成り行きも変わっていたのかなぁ等、妄想がよぎります(笑)。

          1.  まさこ様
             長くなるので先の私のコメントで以下は書かなかったのですが、「刑務所は結婚より自由かもしれない」という日本語版であれ、「カレンの拷問に耐え続ける人生か、刑務所暮らしか。しょせん絶対的な自由などない(ならば刑務所を選ぶ)」という原語版であれ、こうした言葉を聞くと表現自体は異なっていても、「カッシーニってつれない男だなあ」「やっぱりこの人の心に響くのはワインしかないのだろうなあ」と思わされるところは同じだな、と感じました(あくまで私の受け取り方ですが)。
             そして、そんなエイドリアンに「鉄の処女」なんて言われようをしたカレンも、彼が考えるように本当に「ゆすり」が目的だったのかもしれませんが、一方で、これまでこれだけ無私に自己を殺して彼に仕えてきただけに、真実の愛からではなかったとしても、それなりの幸せな人生を送りたかったという気持ちもあったのではないか、とも考えました。しかし、エイドリアンにうんと言わせたいと思うあまり、まさこ様の書いているような、実際には彼が「すっかり冷めてしまう」ような持ち出し方をしてしまう。彼が不器用なら、彼女も不器用だな、と思わされました。そして私にも、もしここでお互いが察して違った形で収まっていたら、2人で秘密を持ちながらも落ち着いた人生を送れたかもしれない、なんて妄想も広がります(もちろんそうなったら「コロンボ」ではなくなってしまいますが・・・)。
             そしてそんな妄想を抱かされてしまうのも、ドナルド・プレザンスとジュリー・ハリスの演技によるところが大きいと思います。もしこれが、名優・名犯人役というだけでエイドリアンをジャック・キャシディが、またカレンをたとえばシェラ・ダニーズが演じたらどうなるか。お互いにわかりあったようなシーンのあと、ただちに「相手をいつどうやって殺そうか」とそれぞれが画策を始めるスリラーになってしまうでしょう。とまあ下手な冗談になりましたが、やっぱり誰がどう演じるかを含めて、俳優の力の大きさを思わされた作品でもあると感じました。
             私は基本的には「殺人処方箋」を筆頭とする直球路線の作品の方が好きなのですが、この「別れのワイン」や「祝砲の挽歌」は、ミステリとは離れた面で「コロンボ」というシリーズの幅を広げることにつながった銘品だと思っています。

            1. ほんと、これがジャック・キャシディとシェラ・ダニーズなら食うか食われるかの弱肉強食の世界が展開されたかもしれません(笑)。作品の良し悪しって、脚本と俳優、その他全ての要素の化学反応の結果ですよね。

              「殺人処方箋」、「二枚のドガの絵」などの切れ味の良い直球勝負ものから私もコロンボに興味を持ちましたが、「別れのワイン」「祝砲の挽歌」「秒読みの殺人」など変化球もの?も犯人の生きざまを考えさせられるようなテーマが多いので、良い映画を観た後のような感覚になる時があります。

        2. tempus fugit 様
           演出家の左近允洋氏の修正が部分的に入っているにせよ、額田やえ子さんというひとりの人並外れた優れた感性を持つ女性が紡ぎだした言葉による吹き替え台本であることに、大きな意味があるのだと気付きました。これは、今大活躍中の人に喩えれば、もしも男性である三谷幸喜さんが新版の吹き替え台本を執筆したら、絶対に大部分が違う言葉のチョイスになり、間違いなく作品から受ける印象が大きく変化することが予想されるわけで(無論、声優の世代が代わることが最も違和感を生じる原因になるのでしょうが)、やはり本作の額田やえ子さん日本語吹き替え版は、どう考えても、歴史的にも文化的にも極めて貴重ということになりますね。

  4. ドナルド・プレザンスさんは「大脱走」にも出ていますよね。
    名優でした。カレンに脅迫されて困っているときなど、演技が光っていました。

    1. 微糖スコッティ様

      こんばんは。
      偶然、わたしもたった今ドナルド・プレザンスと大脱走のことを書いたところでした。
      ぜんぜん違う人みたいですごいなあと思いました。
      大脱走のほうは優しい役で最後のシーンも良かったですね。
      わたしも中学生のときにはじめて溶ける糸を観まして、やはり一番印象に残っている作品のひとつです。

      1. アイス様
        それは嬉しいです! 奇遇でしたね。
        確かに大脱走の役とは打って変わって犯人です
        もんね。
        憎めない犯人という感想もあるようですが、
        「刑務所は、結婚より自由かもしれませんな」
        のセリフには正直、最低だな、と思ってしまいました。
        そこまで結婚が嫌だったんでしょうか・・・

        1. 微糖スコッティ様
          >憎めない犯人という感想もあるようですが、
          「刑務所は、結婚より自由かもしれませんな」
          のセリフには正直、最低だな、と思ってしまいました。
          そこまで結婚が嫌だったんでしょうか・・・
          (笑)そこですよね。笑うところではないですね。すみません。
          微糖スコッティ様にまったく同感です。
          この犯人、ワインと結婚してるんでしょうかね?にしても、いくら脅迫されたとはいえ、このセリフはカレンさんにも、一応カミさんがいるとされているコロンボに対しても失礼ですよね(笑)
          そもそも刑務所入ったことないくせにね、と、微糖スコッティ様のおかげで気づきました!

          1. わたしは今回微糖スコッティ様とのやりとりのなかで、
            ”いくら脅迫されたとはいえ、このセリフ(「刑務所は、結婚より自由かもしれませんな」)はカレンさんにも、一応カミさんがいるとされているコロンボに対しても失礼ですよね(笑)
            そもそも刑務所入ったことないくせにね”と書きました。
            そうは言っても、すでにどなたかがご指摘かもしれませんが、
            わたしは本当はエイドリアンはワインにこだわりすぎる自分を自覚しており、女性に対して自信がなかったのではないかと考えています。
            人間、女性は裏切るが、ワインは裏切らない、そんな風に考えて生きてきたのではないかと思います。ドラマなのに考えすぎかもしれませんが。

            でもわたしは、この回が一番人気がある(おそらく特に中高年男性に)のもそのへんにあるのかなと考えています。特に、男は立派に仕事をして妻子を養わねばならぬという、近年まで日本でも主流だった常識というのか無言の圧力というのか、とにかくその世の中の流れのなかで生きてきた男性たちにとっては、ワイナリーを守るという信念を持っておりしかも理解者になれるかもしれない女性と出会えなかった孤独なエイドリアンの姿は胸を打つのではないでしょうか?
            これについてYC-30様やtempus fugit様のご意見もぜひお伺いしたいです。

            おまけ*ちなみにわたしは自由に生きている女性なので犯人に一番肩入れできる回は『毒のある花』です。

  5. <時代を考えましょう>
    よく感想欄を見ると「飲酒運転がー」「喫煙がー」「差別だー」という不満や批判的な意見がありますが、コロンボは古典作品です。例えば当時のカリフォルニアでは過度に酔っぱらっていない(千鳥足でない)限り、飲酒後の運転は合法でした。喫煙についてはもっと緩く、女性秘書さんも作品中のオフィスでスパスパ吸っています。日本企業の東京のオフィスでも戦後から90年代初頭まで事務机でみんな煙草を好きな人はそこで吸ってました。
     コロンボを見ていて、「証拠の扱いが雑だな」と思いますが当時は鑑識さんもラフですね。

  6. 原題 Any old port in a storm 解題
    この題名自体、1908年にケリー・ミルズ作曲・発表されたアメリカのポピュラーソングのタイトルと同じです。窮余の策(この歌でも出てくる「嵐の際はどんな港でも」)を “Any port in a storm” と表現しますが、作品の最後の方で出てくる「1945年のポートワイン port wine」。それとかけているのですね。異常気象で暑い日にエアコンなしではどの(any)古いワインにとっても嵐に会ったようなものですね。

  7. お久しぶりです。「別れのワイン」について以前から疑問があるのですが。
    それはエイドリアンもコロンボも、堂々と酒気帯び運転をしていることです。
    「ワインじゃ酔えない」という人もいるので笑、ワインは酒の内に入らない?
    エイドリアンは食事の後なので(おそらく長い時間を掛けて1本空ける)、帰宅の途に就く運転の際にはもう醒めていた?
    しかしコロンボはハンドルを握る身で、しかも犯人護送という重要な仕事中に平気で乾杯しています。
    犯人に一杯を勧められて「仕事中なんで」(犯人への警告)と答えたこともありますのに‥‥
    米国は酒酔い運転の基準が緩いのかなと思って調べてみましたら逆で、日本よりずっと厳しいのだそうですが‥‥
    ここではおそらくとうに話題に上がったことでしょうが、いかがでしょう。

    1. おっしゃること、ごもっとも!
      今週NHKで再放送する予定の、35話「闘牛士の栄光」なども酷いもので、昔、一緒に観ていた某大手損保会社に勤務している友人があきれていました。
      コロンボ、異国メキシコ観光旅行中に子供を含めた一家数人が乗った自家用車に100:0の追突事故起こして、運転手のご主人が明らかに首を痛めて痛がって体調悪そうなのに、「保険があるから大丈夫だよ、大げさだよ」とか言って全然被害者を心配するそぶりさえ見せない。こんなの現在日本なら、同乗者全員、整形外科を受診し、病院や接骨院に最低3か月は通院されて、高額な通院費+慰謝料や休業損害等を保険から支払わされ、場合によっては弁護士入れられたりするそうですすが、異国メキシコではコロンボが本国で入っている対人・対物保険は使えないらしい? どうするの?
      本来なら本国ロス市警にすぐ事故報告すると同時に旅行は取り止め、即帰国し、それなりの処分を受け上司と一緒に改めて被害者家族にお見舞いと謝罪しに行くのが、警察官としてというより、人として最低限とるべき行為でしょうに。
      何の権限もない他国で、お気楽に闘牛士の殺人事件にかかわっている場合か!
      と友人も私以上に憤っていました。

      1. 車は「走る凶器」だという社会常識がコロンボにまるで感じられないのは、いかがなものでしょうか?

        1. 35話「闘牛士の栄光」は、私もメキシコで過失割合100:0の追突事故を起こしておきながら殺人事件解決の手助けを名目に地元警察を丸め込んで揉み消す汚いやり口だったコロンボより、潔く罪を認めた犯人の闘牛士のほうが人として遥かに立派だと思いました。あれは、交通事故の被害者経験が有る人が見たら、絶対に許せない回でしょうね。
          新シリーズ最終盤の68話「奪われた旋律」で、酒に酔った犯人が運転する車を、超ノロノロ運転で自宅まで誘導したコロンボには、多少なりとも過去の過ちに対する反省が感じられましたが・・・(笑)。

    2. 規制や取り締まりというのは時代が下るほど強まるものです。
      日本でも飲酒運転取り締まりというのは、悪質な事故が起こる度に強化されてきました。
      ちょっと注意して番組を観ると、ロサンゼルスというのは大都市のはずなのに地下鉄も路面電車も全く存在せず、誰も彼もが自家用車を運転して移動しています。「逆転の構図」では、共犯者がタクシーで駆け回るという不自然さが注目されますが、電車どころかバス路線すらないも同然、という彼の地の公共交通の貧弱さもまた浮き彫りになっています。日本でも都市部を離れると自家用車なしでは生活できないと聞きますが、アメリカでは大都市でさえその状態(例外はニューヨーク市ぐらい。あそこは地下鉄の路線網が古くからある)に、70年代にはとっくに突入していたのです。
      ですので、飲酒運転を厳しく咎めると、バーどころかレストランさえ商売にならない。だから、飲酒運転なんてよほど泥酔しないかぎり誰も問題視しなかった。マイケル・ジャクソンは1984年に大統領から表彰されていますが、その理由が「飲酒運転撲滅運動への貢献」です。つまり、その少し前ぐらいに悲惨な事故が社会問題になり、キャンペーンがあったのです。
      「走る凶器」という意識がないのも、生活必需品すぎていちいち神経質になってられない、という事情によるものでしょう。もちろん、それはそれで良くないことです。

  8. 相棒Season 5 第9話「殺人ワインセラー」は見事な「別れのワイン」のオマージュです。佐野史郎の登場シーンでワイングラスの底を持っているのは、「別れのワイン」の試飲会のシーンの皆さんのグラスの持ち方を真似しているようです。グラスの柄を持つのがマナーのはずが、更に徹底してワインを体温から遠ざけています。最高の当たり年のワインの「香りを目覚めさせるため」デカンターに移すという手順、ワインセラーで殺害した被害者を別の場所で事故死に見せかける工作、最後に刑事(警部)がくすねたワインに容疑者が気づくのが決め手になるという結末が共通です。「別れのワイン」ではデカンターに移す際に濾過までしていますが、澱を完全に取り除いたので見事な赤色が出現するというわけでしょうか?
    「殺人ワインセラー」には被害者の社内の愛人が裏帳簿をシュレッターに掛けようとしたり、刑事の目の前でタバコを吹かしたり、コンプライアンス遵守のかけらもないのですが、刑事コロンボで容疑者周辺に魅力的な悪女や愚かな女性がよく登場するのに倣っているようです。
    最後にコロンボと犯人がワインで乾杯するのは、相棒Season 6 第14話「琥珀色の殺人」で警部と容疑者と犯人がカクテルで乾杯するのに対応していますが、これらは1974年の映画「オリエント急行殺人事件」(クリスティの原作は知りません)のラストに倣ったものと思います。

  9. 昔はビデオもDVDもなく、音声多重さえなかった(字幕もないのに原語に切り替えちゃったら解らなくなりますしw)今は何度でも見返し気が向けば「オリジナルはなんて言ってるのかな?」と音声切り替えも望むまま。良い時代です(笑)この回の、ドナルド・プレザンス演じるエイドリアンの中村俊一氏による吹き替えは私の中ではシリーズ1、2を争う素晴らしさです。コロンボが酒屋に教えを請いにわか仕立ての知識とハッタリでワインの銘柄を当てるシーンなどは、英語に切り替えてもドナルド・プレザンスの含み笑いや間合いの微妙なタイミングを見事に再現していて何度観ても感動すら覚えます。調べてみるとミセス・コロンボの「殺しの日は雨」でやはりドナルド・プレザンスの声をあててるんですね。

  10. 久しぶりに見ての個人的な感想ですが、
    エイドリアンにはコレクターあるあるの嫌な側面が出ちゃってますね。
    それと、これは超個人的な事なんですが、
    私の兄は脳梗塞のサバイバーで寝たきりになってしまったのですが、
    エイドリアンが生きてる弟を倉庫に閉じ込めた行為は冷静に見れなくなってしまいました。
    憎らしくない犯人と思える皆さんが羨ましいですね。

  11. この話に惹かれるのはエイドリアンが猛烈な仕事人間であることでは、と思うようになりました。コロンボもそこには終始敬意を表しています。秘書が言いよっても迷惑そうですし。最後にの…freedom is purely relative…は哲学的ですらあります。

  12. 子どもの頃見て感動したけれども内容は忘れていた「別れのワイン」。
    先の再放送を「ながら見」したためトリックがよく分からず、最後どうしてワインがまずかったことでトリックを暴かれたことになったのか追いつけず、こちらの解説がとても助かりました!!
    昔は「コロンボは一瞬でも見逃したらわからなくなるので勿体ない!」と思いながら見ていたのに、反省。そしてこちらのいろいろな説明を読んで、さらにいろいろな魅力が詰まっていたことを知り、つくづくながら見するのはもったいなかった…と反省しています。

  13. 原題の 「Any old port in a storm」の解釈で悩んでいます。
    格言は「Any port in a storm」です。
    警察(storm)から逃れるためにはカレン(old port)からの求婚に応じる手が
    有り、それが格言に従った行動です。
    エイドリアンは警察に捕まること承知でカレンを退けた訳なので、格言どうりにはしない例という意味で使われた原題だと思いますが自信がありません。

    1. カレンを「old port」と表現するのは、女性に対してあまりにも失礼でしょうから、その解釈は無いでしょう。「old maid」つまり「オールドミス」同様、侮辱的と受け取られかねない言葉です。
      普通に格言に「old 」を加え、古い港と古いポートワインをかけて、「嵐の時には(事件解決のためなら)どんなに古い港(古いポートワイン)でもありがたい」だけに留めるほうがいいのではないでしょうか?

        1. ご指摘どおり old port は old wine でしょう。
          次のような解釈は出来ないでしょうか。
          エイドリアンは危ない状況(in the storm)なので、portの選り好みできないはず(any old wine で良しとすべき)なのに、その格言を忘れたというのが「落ち」ではないかと思いました。

          1. >any old wine で良しとすべき
            なるほど、そうかも知れませんね。
            殺された弟さんが同じ立場だったら、逆に、
            A Girl in Every Port
            (港々に女あり)
            という超ポジティブ思考になれたかも(笑。

  14. ダナ・エルカーは映画「スティング」で大掛かりな詐欺現場に踏み込む凛々しいFBIの役が印象的でした。熱で味の落ちたワインの味を確かめるヴィトー・スコッティとモンテ・ランディスの仕草にいつも笑ってしまいます。

  15. 50年近く前、子供のころに観た印象と、最近久しぶりに鑑賞した後の余韻がまったく変わったのですが、これは作品が熟成したからなのか、私が経年劣化したからなのか、どちらなんでしょうか?
    作品のフィルムは冷暗所で保管されて綺麗にリマスターもされて美味しく味わえますが(赤ワインの赤はリマスターで鮮やかに色補正し過ぎですが…)、私は長年高温多湿や厳しい温度差の環境下に晒されて、相当酸化が促進されている粗悪なだけの年代物になったのではないかと内心非常に危惧しております。
    殺人に至る兄弟喧嘩の場面だけは、原語の方が真に迫って迫力がありました。兄弟比較すると、弟の方が遊び人ながら会社を良い方向に変革する行動力と積極性や社交性はあって経営者として上手くいく可能性が大きいことを父親は見抜いていて、どちらに継がせるか迷っただろうな。しかし兄弟ともに浪費家なのが問題ですね。私は金は無いけれど性格的に兄に近いかなあ、女心にも鈍感だし…だめだこりゃ。

    1. 照る民さん
      モハメド・アリの言葉でも噛みしめて、せいぜい精進することですな。 
      「50歳になった時、20歳の時と同じように世界を見ている人間は、人生の30年を無駄にしたということだ。」

    2. 照る民 さま
      Man are like wine, some tern to vinegar, but the best improve with age.
      「男はワインのようなものだ。ある者は酢に変わってしまうが、一番良い事は、年齢とともに良くなるって事だ」
      って言葉もあります。

      1. 2SC372 様
        それ、ローマ教皇ヨハネ23世のお言葉だったんですね!
        何だか凄いこと、おっしゃいますね。
        キリスト教では、葡萄酒やパンがキーワードになるようですが、そうした文脈の中でのお言葉だったんでしょうかね。
        はい、頑張ります!

  16. コロンボを何度も見てしまうのは、子供の頃にテレビで見ていて、その時の自分に戻れたりするからです。両親と見ていたなーって
    この回は確か高島忠夫だったか、最後に結婚を要求するカレンの変わりっぷりが怖いですねぇ~みたいなことを言っていたように覚えています
    子供には結婚の要求とまでは分からなかった。
    なのでパリに行け、後で行くからというセリフも、そこで私を遠くへ行かせようったってダメってすぐに分かるカレンしゅごいって感じだったです
    前の方も書いておられますが、あれは私もカレンの不器用な愛の告白だと思いました。
    その前から好き好きビーム出てますよね

    1. カレンの求婚は、おそらく男性と女性で受け取り方が違う典型例でしょうねえ。
      私(みたいなオジサン)は、普通は「後妻業」的打算を瞬時に感じ取って、エイドリアンと同じく警戒感が先行します。よって、エイドリアンの矜持に男の美学を感じ支持します。

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