1話「殺人処方箋」

Prescription : Murder
1968[1話]

私は刑事コロンボシリーズのビデオやDVDのを所有していません。この第1話「殺人処方箋」は2010年4月9日のNHK Bs Hiでの放送で初めて見ました。

オープニングのタイトルバックが凄い!

かつて舞台劇として演じられた作品を、TV用に再アレンジして制作されたパイロット版だということです。冒頭の番組名やキャストのクレジットのデザインにはびっくりしました。時代性を物語っていますね~。それに比べ、3話「構想の死角」からはお馴染みの「右揃え・黄色のゴシック系書体(注)」という、刑事コロンボシリーズ独特のオープニング画面が定着するようです。

若々しいコロンボ

ピーターフォークは当時41歳。その後のコロンボ警部のトレードマークになる、レインコートもヨレヨレとまでは言えず、髪型もボサボサではないです。それでも後期の作品(新・刑事コロンボを含め)よりも、しっかりしたキャラクター性を感じられました。

少々冷酷に映ったか…

嫌気がさすような執拗な捜査、細かい矛盾を逃さない着眼点、さらには犯人を罠にかける「落とし」のテクニック。それらがふんだんに盛込まれています。少し冷酷な印象も残り、後の作品ではドジで人間臭い、愛されるキャラクターに傾いていったのかと思われます。
それでも見逃せないのがラストシーン…。ジョーンの供述をとろうとして、ポケットのペンを探すが見つからず、捜査員に借りている仕草が滑稽です。
→ コロンボはよく「筆記用具を忘れる」件

主犯と共犯の動機の温度差

その後のコロンボ作品にも数回採用されている「共犯モノ」、初回からそうだったのですね。共犯者の「口封じ」は各話とも重要なポイントになり、第二殺人の被害者になるケースも多いのですが、この「殺人処方箋」のコロンボは共犯者の弱さに目をつけ解決の切り札にしました。コロンボ警部の凄さは、「主犯」と「共犯」の「動機の温度差」を共犯者に示唆し、「主犯者に利用された」という背景を引き出していることです。

主犯のフレミングは共犯のジョーンに対し、ヘマしないように細心の注意を払っていますが、これは「二人の未来のための殺害計画」ではなく、実際に利を追求しているのはフレミングのみで、ジョーンは共犯者として選ばれただけだということを、見る側に伝えています。

普通の刑事ドラマではないですよ~宣言

犯行後に、フレミングが電話の上に手袋を忘れそうで、忘れなかった演出。これは視聴者に「おっと、そんなに簡単にヒントは残しませんよ」と、語っています。また、コロンボ警部がジョーンを脅して落とそうとして「じゃ本部で供述をとりましょうね」の後、拒絶されるシーン。普通の刑事ドラマなら、これらが決め手になっちゃうところ「これくらいじゃ落ちませんよ」という、意気込みを感じました。

最初は強烈なほど「豪腕刑事」の素質があった

心が揺らぐ共犯者のジョーン・ハドソン(キャサリン・ジャスティス)に「あんたが殺したも同じだ」から「あんたを落としてあいつを逮捕する、これは約束します」の連続した台詞は、シリーズを通して最も語気を荒げたシーンの一つです。

コロンボ警部の刑事哲学が見えてくる

また第1話で既に、コロンボ警部の「刑事哲学」とも思える言葉を聞くことができました。それは「いくら犯人が頭が良かったとしても、殺人については素人である。しかし自分にとってコロシは仕事。たいへんな修練を積んでいるわけです…。」というもの。た、確かに。コロンボ警部の捜査手法はそうした経験に裏付けされた、「匂いを感じて動く」のような部分が大きいのです。
ずっと後の作品40話「殺しの序曲」で、オリバー・ブラントに語る場面や、44話「攻撃命令」での言葉遊びも似たような趣で興味深いです。

計画通りにはことが運ばない

この作品を何度も見返しますと、やはり「予期せぬことが起こる」ということを、細かく描いています。キャロルが死んでいなかった、ジョーンが頻繁に電話や訪問して来ちゃう、警部が約束より早く来るなど。その度に犯行がバレるかも…とハラハラします。

レイ・フレミングのマンションの風景は「絵」

レイ・フレミングのマンションの窓から見える風景は完璧に「絵」です。古い時代のテレビドラマや映画の笑えるワンシーンですね。フレミングが妻を殺害した後、窓ガラスを割って強盗の仕業に見せかけるシーンで、風景に自分の影が映っています。その他にもアカプルコの釣りのシーンも、もちろん海(背景)とガッツリ合成していますよね。

ジョーン・ハドソン邸は「スタール邸」

ジョーン・ハドソン邸は、有名な「スタール邸」で自称「大部屋女優」のハドソンさんにしては、とてつもない豪邸です。「スタール邸」はこの他にも「構想の死角」ケン・フランクリン邸「アリバイのダイヤル」のエリック・ワーグナー邸としても登場します。こちらは身分相応でしょうか(笑)

トミーの自供

トミーの自供は決定的なシーンではないが、場面転換としては効果的です。コロンボが本件の捜査から外されるまでの経緯として、気分が入れ替わって気持ちよいですね。

→刑事コロンボマップ:スタール邸
 

注:2話「死者の身代金」は1話と比較し、今後シリーズ化されたデザインかなりに近いものになっていますが、文字は白色でエクステンデッド・ブラック(横長で極太)書体ではありません。
監督:リチャード・アーヴィング
脚本:リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク
レイ・フレミング:ジーン・バリー
ジョーン・ハドソン:キャサリン・ジャスティス
キャロル・フレミング:ニナ・フォック
加筆:2015年10月3日

“1話「殺人処方箋」” への58件の返信

  1. 最後のシーンで犯人が2人の女性は生きており、まんまとコロンボにやられたところで、コロンボに「ねぇ、フレミング先生、、、だから言ったでしょ~、こっちは100回も経験してるって」と言って欲しくて欲しくてたまらないのですが(笑)、まぁ、コロンボはそういうイヤミや自己主張など自分の凄さや解決した達成感を表に出して自慢したりする性分ではないですからね・・・(笑)観ている側がそのセリフを思い痛快さを感じればいいのでしょうが・・・。でも、やっぱり言って欲しいなぁ・・・(笑)

  2. 先日『仮面の男』にコメントさせて頂きまして、引き続き大好きなこの作品にお邪魔しています。
    サイト全体のまとめ方や、きめ細やかかつ、笑ってしまう分析にぼろんこさんがコロンボのように思えます。
    そして訪問される皆さんのメッセージがまた楽しいです。
    様々な視点から語られるお話に、何度訪れても飽きません。
    私は69年生まれなのですが、幼い頃や若い頃は落ち着いてユーモアに溢れた後期コロンボの方が好きでした。
    しかし自分が落ち着いた年齢となった最近は、もっぱらこの作品と旧コロンボが俄然輝いて見えます。
    テーマ曲がまたカッコイイ。
    コロンボ初登場のシーンで、このテーマ曲がアレンジされて
    被せてありますから、おそらくコロンボの路線は当初こんなイメージだったのでしょう。
    どなたかも書いておられましたが、遅れ馳せながら私も
    ピーターの自伝を読み、コロンボの役がとても気に入っていたこと、ご本人がまさに好奇心の塊で、『すぐに頭が現実から離れて空想の中を飛び回る』的なくだりに、妙な親近感を覚え顔がほころんだものです。
    頭がキレ話術も巧み、それでいて温かく夜通しでも絵を描かれた彼は、本当にコロンボそのものだったように思います。
    ただ頭脳明晰で勘が働くだけでなく、やはり天性と言いますか、作品中に出来すぎた出来事(子供の靴紐を結ぶ母親、空港外の非常電話で鍵にタグが付いているのを目にする等々)
    がありますが、そういう物事を進ませる事象にちゃんと巡り合う、それも大きな才能だと思います。
    例えますならば、分析に分析を重ねて宝くじを当てる人でなく、たまたま拾った宝くじが大当たりする、という類いの
    『持っている人』といった感じです。
    暗殺者やギャングの役を究めた所で刑事役へ、という
    ピーター自身の人生にも感銘を受けます。
    もうホントに好きすぎて話が長くなり申し訳ありません。
    最後に、昔は吹替えでしか見られませんでしたが、今は字幕なしで見ています。
    コロンボのお陰で、少しずつ英語が聞き取れるようになりましたことと(笑)吹替えでは靴音とかが消されていて、場の空気感が少し損なわれているからです。
    余談となりましたが、失礼いたしました。

  3. 初めて投稿します。気になってたことですが、ジョーン・ハドソン邸と、「構想の死角」ケン・フランクリン邸、「アリバイのダイヤル」のエリック・ワーグナー邸とは別のものです。彼女の屋敷スタール邸は有名な建物ですね。以前BSの番組でも紹介されたと思います。いろいろなTVや映画でも登場します。フランクリン・ワーグナー邸も他のロケで使われてます。それにしても大部屋女優にしては、立派すぎます。フレミング氏の援助があったのかな(笑)これからもちょくちょくお邪魔します。

  4. ジョーン・ハドソン邸は、有名な「スタール邸」で自称「大部屋女優」のハドソンさんにしては、とてつもない豪邸です。「スタール邸」はこの他にも「構想の死角」ケン・フランクリン邸「アリバイのダイヤル」のエリック・ワーグナー邸としても登場

  5. 共犯の精神的な構図は、「虚飾のオープニング・ナイト」と似ている。
    男の方がシッカリして完全犯罪を遂行しようとしているのだが、女の方は
    不安が募ってしまい、どうしても捕まれるべき尻尾を覗かせてしまう。
    でもヴァネッサよりも、ジョーンの方が遥かに罪が重い。
    冒頭ジョーンは、フレミングとの重罪になるべき殺人計画について、
    半ば冗談交じりに笑みまで浮かべながら会話を交わしている。
    そういう部分で空恐ろしさを感じるが、そうじゃなくて脚本に問題ありだと
    思う。そんな冷淡な人間がいるのか??。感情面の不自然さを感じる。
    ヴァネッサの方が、とても自然な感情を持った人間だと思える。
    尤も「虚飾のオープニング・ナイト」は突発的な事件進行だが。

  6. みなさん、コメントありがとうございます。「殺人処方箋」はみどころ満載ですね。いま久々に再見しています。

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