27話「逆転の構図」

Negative Reaction / 1974

傑作の一つ「逆転の構図」

ディック・ヴァン・ダイク著名な写真家ポール・ガレスコ(ディック・ヴァン・ダイク)が口うるさい妻を殺害し、誘拐殺人に見せかけるというお話です。この作品、「ポール・ガレスコ」という犯人の名前が非常に印象的で、小学生時代に見た頃から、コロンボシリーズ中、最も好きな作品として心に残っていました。そしてNHK BSの再放送で数十年ぶりに再会しました。色褪せていません、傑作のひとつだと思います。

殺意を抱き続ける夫、ポール・ガレスコ

まず、被害者にも非があること。計画的な殺害でありほぼ計画通りに実行できている。動機が十分である(と、思われる…。本当は殺してはいけません。)。状況証拠の揃え方も見事。コロンボ警部がしつこく犯人がいらだつ。結末が意外性を持っていて爽快。などなどです。

妻のフランシス

アントワネット・バウアー犯人のポール・ガレスコは「この世からお前が消えてくれれば良いのに‥と何度も願った」ほど、妻のフランシス(アントワネット・バウアー)を憎んでいました。会話の中で「15年間」と言っていますが、離婚できなかったのでしょうか?おそらく計画通りに事(殺人)が運べば離婚より幸せな将来が待っていると想像したのでしょう。

計画はほぼ思い通りに進みます。1点のみ、廃車置き場でトマス・ドーラン(ヴィトー・スコッティ)(浮浪者風の男)に殺害の様子を「聞かれた」こと以外でしょうか。それも決定的な証拠とはなりません。むしろ、計画通りに運んだのだが、数カ所の「落ち度」をコロンボ警部に見抜かれてしまうことが、命取りになります。

ガレスコ氏の緻密な殺害計画

ドン・ゴードンガレスコ氏の計画は、なかなかのものです。ガソリンスタンドでのアリバイ工作。メイドに誘拐をほのめかすこと。そして前科者のアルビン・ダシュラー(ドン・ゴードン)を誘拐殺人の犯人に見立てて、銃撃戦で殺して口封じをする。おそらく担当刑事がコロンボでなければ、完全犯罪として成立したと思われます。担当のホフマン刑事(マイケル・ストロング)はまんまと騙されていますね。まあ、よく考えてみれば「タクシーを使って誘拐の準備をする」ってことはあり得ないんですが。まるで自分の行動を運転手に教えているようなものです。

コロンボ警部の捜査のポイントは見どころ満載です。まず容疑者のダシュラーが相当の「お馬鹿さん」で無い限り、真犯人ではないことに気付く点です。それにガレスコ夫人を誘拐したダシュラーが脅迫状に添えた写真になぜ「時計」が必要であったか?普通に考えれば必要の無いアイテムです。日めくりやテレビ番組など、日付を特定したいものであれば別ですが、時間を特定する必要は無いと思われます。この2点で、単なる誘拐殺人ではないことは明白となります。

徐々に表情が曇るガレスコ氏

その他は、芋づる式に状況証拠が揃います。要するに、初期捜査の着眼点が他の手がかりを引き出してゆくのです。メイドに誘拐をほのめかす際に「脅迫電話のメモ」を書いた矛盾は最大の失敗のひとつです。さらには誘拐犯からの呼び出し時間のズレを、後になって解説したこと。ダシュラーのモーテルの部屋で、彼が犯人であることを分かりやすく演出しすぎたこと。これらの「甘さ」がコロンボ警部を「逆転の構図」作戦の実行に駆り立てたと感じます。つまり犯人は100%の確率でガレスコ氏と断定でき、あとはガレスコ氏自身に「私がやりました」と言わせれば良いのです。

そのために、状況証拠をちびちびとガレスコ氏に見せ、彼を追い込んでゆきます。その手法が凄いです。自分が撮影した下手な写真を見せガレスコ氏のプロカメラマンとしての誇りを引き出し「犯人像とダブる」ことを伝える。助手のローナ(ジョアンナ・キャメロン)を「奇麗な方ですね~」と、二人の男女関係を疑う。ホテルの部屋の件は「メイドが掃除をさぼったことで嘘をついた」という、苦し紛れのガレスコの証言を「復唱しながらメモ」しています。さらには、刑務所の写真集からガレスコ氏と前科者のダシュラーの関係を突き止める。そして最後に「脅迫状作成を実演」です。

コロンボ警部の得意技「大芝居」

エンディングは圧巻。注目すべき点は、コロンボ警部が「ここが重要です。あたし自身が采配をとり、全て落ち度なくやった」と自慢気に喋る場面。「頭脳明晰で手強い刑事」から「お間抜けデカ」に印象が変わるように演じています。そこで生まれた一瞬のスキが「崖っぷちまで追い込まれた」状況から「大逆転」のチャンスと錯覚させ、証拠品のカメラにを手に出させるのです。

よ~く考えてください。「証拠写真を複写して引き延ばした。その際にミスで裏焼きした。オリジナル写真は紛失した。」のですが「複写したネガ」は存在するわけで、そのネガを調べれば「裏焼き」は明白。それに気付かれれば、全てがフイになる「賭け」のような作戦だったと思います。まんまと自分の罠にハマるガレスコ氏。コロンボ警部は、彼の捨て台詞に対し一言も解答せず、無言のラストを向かえます。

ホフマン刑事もびっくり

マイケル・ストロング「残念でした」という印象的な台詞。ホフマン刑事(マイケル・ストロング)の表情もとても印象的です。現場タタキ上げのような刑事ですが、「あんた、自分で罪を認めたんだよ」って、コロンボ警部の補佐について「どえらい体験しちゃった」台詞でした。このマイケル・ストロングは、宇宙大作戦(スタートレック)「コンピューター人間」のコービー博士役で出演しています。

誰が見ても怪しい関係?

ジョアンナ・キャメロン助手のローナ(ジョアンナ・キャメロン)の美脚がカメラワークにより魅力的に表現されていました。またコロンボの「奇麗な方ですね~」に対し、仕事での有能ぶりを評価していると逃げたガレスコ氏の台詞に「うしろめたさ」を見ることができました。

成功者に美人秘書あり

英雄は色を好む…ですか、コロンボシリーズで頻繁に見られるシチュエーション「成功者に美人秘書(今回は助手)あり」。もしも、ガレスコ氏がローナとフィリピンに逃避行しなければ、もっとスッキリ逮捕したかったのでしょうね、コロンボ警部~。

家政婦さんも良い感じ

アリス・バックスガレスコ邸の家政婦さんは女優:アリス・バックス。口うるさい夫人は彼女の仕事ぶりが不満なようでした。確かに冴えない‥ような雰囲気もありますが、脅迫電話に聞き耳をたてたり、メモを見たりなど印象に残ります。

可愛い!ジョイス・ヴァン・パタン

ジョイス・ヴァン・パタンシスター役の女優「ジョイス・ヴァン・パタン」とのやりとりは何度見ても傑作です。ジョイス・ヴァン・パタンはこの後の作品39話「黄金のバックル」で美術館の館長ルース・リットンで犯人役を好演します。やはり素敵な女優さんは、脇役でも光るものです。

笑える場面が盛りだくさん、楽しい作品です

しかしこの作品は本題の完成度に加え楽しめる箇所も多いです。人間コロンボの魅力もいたる場面に盛り込まれています。警部がガレスコ宅で灰皿を見つけられず、ポケットにタバコの灰を捨てる仕草もかなり笑えました。一部始終を見ているガレスコ氏もあえて突っ込まないのがGOODでした。

名優「ヴィトー・スコッティ」

ヴィトー・スコッティ名優「ヴィトー・スコッティ」との知的な会話も面白いです。トマス・ドーランは酔っぱらいの浮浪者風の男ですが、供述の証言や食堂での会話からも知的なキャラクターに描かれていて、とても面白いです。供述書で自分を「余(よ)」と呼んでいました。コロンボ警部はこのドーランに対し優しく接していて、社会的弱者の味方であることが伺い知れます。

ハリー・ルイスにも注目!

ハーヴェイ・ゴールドカメラ店のハリー・ルイスを演じた「ハーヴェイ・ゴールド」も良かったです。ハーヴェイ・ゴールドは32話「忘れられたスター」と33話「ハッサン・サラーの反逆」「アンダーソン検死官」を演じます。日本語吹き替えは「ウイルソン刑事」「ドカベンで徳川監督役」の野本礼三さん。

 

解決編については疑問も残る

解決編があっさりしている(突然のクライマックスを向かえる)という解釈は少々違う気がしています。カメラ店でヒントを得た後、運転免許の試験官ウイークリー氏と会う場面で、すでに「逆転の構図」作戦を着々と実行していたわけです。ほぼ全ての場面で無駄の無い作り、それでいてユーモアもたっぷりです。

また、ポラロイドカメラの特性や裏焼きなどについて、不自然に感じたというご意見も多いのですが、私的には「証拠品を自分で選んでしまう」ことを狙ったことを評価しようと思います。

ラリー・ストーチ

ラリー・ストーチストーリー後半の短い出番でしたがウイークリー役のラリー・ストーチの演技も良かったです。神経質な性格で、仕事に嫌気がさしていて、かなりマイってました。公務員の気質丸出しで可愛かったです(笑)ウイークリー氏が「教習所の教官」と思っている人は間違いで正しくは運転免許試験場の試験官。ダシュラーは運転を習う必要はありません。

サンプソン警部

ビル・ザッカート警察署内でダシュラーの話で盛り上がっている場面です。この人は俳優ビル・ザッカートで、後の33話「ハッサン・サラーの反逆」のオーガスタ部長として再登場します。またこの俳優さんはぐぐ〜と年を経て55話「マリブビーチ殺人事件」にも登場します。

不動産屋マグルーダー

ジョン・アシュトン不動産屋マグルーダーは俳優ジョン・アシュトン。何となく19話「別れのワイン」のワインツアーのガイドに似ていると目をつけましたが‥別人でした。髪型が違うかあ~。でも印象に残る俳優さんでした。

モーテルのオヤジ

トーム・カーニーダシュラーが滞在していたモーテルのオヤジ「チャールズ・ビクター」は俳優:トーム・カーニー。ダシュラーとは折り合いが悪かったらしく、彼の文句ばっか言ってました。このモーテルでダシュラーはガレスコに電話をかけているが、「555」から始まる電話番号は架空のものとして多用されます。

証拠写真を撮るカメラマン

フレッド・ドレイパーガレスコ夫人の誘拐殺人現場で証拠写真を撮るカメラマンは、ご存知「フレッド・ドレイパー」。ですが今回は何か不自然さを感じます。まるで変装しているかのようですね。

解決シーンにも立ち会う署員

マイケル・ラリーまぁ本当に執念のようなねちっこさで発見しました。警察署内で証拠品を保管している係の署員は「マイケル・ラリー」で24話「白鳥の歌」で、セスナの墜落現場を撮影していたカメラマンと同じ俳優さんです。

刑事コロンボと魔法瓶

やはり前作「自縛の紐」で新しい魔法瓶を買ったようで、今回27話「逆転の構図」のロス市警のシーンでは新しい魔法瓶が大写しになっています。辻褄が合いますよね!
→刑事コロンボと魔法瓶

映画「タワーリング・インフェルノ」

ドン・ゴードン日本公開1975年の映画「タワーリング・インフェルノ」に前科者のアルビン・ダシュラーが出演しています。消防士のオハラハン(スティーブ・マックイーン)の部下の消防士(カピー)の役です。結構映ってますし、マックイーンとの2ショットなど、かなりカッコ良くて感激します。

監督:アルフ・ケリン
脚本:ピーター・S・フィッシャー

ポール・ガレスコ:ディック・ヴァン・ダイク
ホフマン刑事:マイケル・ストロング
アルビン・ダシュラー:ドン・ゴードン
フランシス・ガレスコ:アントワネット・バウアー
ローナ・マクグラス:ジョアンナ・キャメロン
トマス・ドーラン:ヴィトー・スコッティ
シスター・マーシー:ジョイス・ヴァン・パタン
ハリー・ルイス:ハーヴェイ・ゴールド
ウイークリー:ラリー・ストーチ
写真展の客:ダイアン・ ターレイ・トラヴィス

加筆:2022年2月23日

“27話「逆転の構図」” への173件の返信

  1.  放送記録で確かめると、日本では「第4シーズン」の諸作品は、コロンボ人気が沸騰した1974年から少し期間をおいた翌75年の暮れから、この「逆転の構図」をトップバッターに放送されました。リアルタイムで見ていた私は「第4シーズン」というくくりは当時もちろん知りませんでしたが、このあたりから何となく作風が変わってきたかな?と感じました。
     具体的には、ストーリー自体は相変わらず面白いのだけど、クライマックスの「落とし」や「どんでん返し」が以前より物足りなくなってきたのではないか、また、コロンボが徐々に柔和になり、ユーモラスな場面(この作品のシスターの場面など)が増える反面、以前より鋭い追及をすることが減ってきたのでは、と思ったのです。クラスメートのコロンボファン仲間と、「最近ミステリ的な面がちょっと弱くなったんじゃないか?」と、そうしたことを話し合ったことを覚えているので、記憶違いではありません。
     この後も、「忘れられたスター」や「死者のメッセージ」など印象的な作品が生まれ、私にとってかけがえのない名シリーズであるのはもちろんですが、ピーター・フォークの演技やコロンボの性格づけも、このへんからよく言えば人間臭い方に、逆にいえば大げさな方に傾いていったように思います。
     私にとっては、「一見うだつが上がらない刑事が、隠していた爪を犯人につきつける」形がはっきりしていた第3シーズンまでのコロンボの方が、正直やっぱり好みです。もちろん、時には「別れのワイン」のような「人情もの」もあるのは歓迎ですが
     「逆転の構図」が傑作であることを認めたうえで、あえて書いてみました。

    1.  私の感想は、今回も2022年3月26日 6:36 PMのコメントと同じです。
       さらに、tempus fugit様のご意見にも同感です。
      >「最近ミステリ的な面がちょっと弱くなったんじゃないか?」
      >ピーター・フォークの演技やコロンボの性格づけも、このへんからよく言えば人間臭い方に、逆にいえば大げさな方に傾いていったように思います。
       私は、23話「愛情の計算」や、24話「白鳥の歌」に、既にその兆しを強く感じておりました。

      1.  以下、YC-30さんへの返信ではありませんが、私の元コメントにつけていただいたことへの感謝として、”逆転の構図”といえばYC-30さんご専門のクラシック音楽でいつも連想する挿話をひとつ。ご存知かもしれませんが・・・。
         ヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の名盤のひとつ、ニルソンとヴィントガッセンが歌ったカール・ベーム指揮の1966年バイロイト・ライブは、CD化された時にジャケットの写真がLPの時とは左右反転にされてしまった、と一部で話題(非難)の種になったそうです。
         しかし実はこのジャケット、LPの方が実際の舞台を左右反転にしたものだったとのこと。そして少し前にブルーレイ・オーディオ版でリマスター再発された時は、LPと同じ深みのある音で復刻されたと話題になりましたが、ジャケット写真もLP当時と同じ左右に戻されました。いわば実際とは異なる反転した左右を正しく?復刻されたわけです。
         LPは、文字とあわせた際のデザインのバランス上の理由で意図的に左右を逆にした、とどこかで読んだ記憶がありますが、本当にそれが”逆転の構図”の理由なのかどうか私にはわかりません。
         「トリスタン」はフルトヴェングラーやカルロス・クライバーなども名盤ですが、私にとってはベーム盤が総体的にトップです。やはり主役2人が他の盤を凌ぐ凄さだと思います。

        1. こんばんは。
           私もヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」は「オペラ」の中では最も好きな曲の部類で、同曲の音盤ではご紹介のベーム盤に昔から最も愛着がありましたから、tempus fugit と好みが同じだったのは誇らしい限りです(笑)。ブルーレイ・オーディオ版では、3幕冒頭のリハーサル録音もLP時代と同じく復活していますよね。
           ジャケット写真については裏焼きは解消していますが、オリジナルの写真で、トリスタン(ヴィントガッセン)とクルヴェナール(ヴェヒター)が映っていたのは修正で消されているそうですね。ベームや歌手やこの録音について語り出すと、またまた何のブログへのコメントだか分からなくなってしまいますので、ここら辺で止めておきます(笑)。
           ところで、SF好きの私は、中身を理解していなくても物理学用語を使ってみるのが好きでして、本作に、つい、「対称性の破れ」などと知ったかぶりで言ってみたくなります。
           かつて筑波の高エネルギー研究所に設置されていた粒子加速装置には「トリスタン」という名前が付いていたそうで、物理学の鳥居先生の記事に高エネルギー研究機構の方の話として下の内容が載っています。
          《一番最初は Three Ring Intersecting Storage Accerelator in Nippon で、3個のリングが交差するような加速器で、電子も陽電子も陽子も加速できて、電子-陽電子衝突、電子-陽子衝突など色々な研究ができるものを目指していました。
           TRISTANというのは少々こじつけですが、「トリスタンとイゾルデ」ともからむので、皆が気に入ってこう呼ぶことにしたそうです。ところが、後に研究の進展とか、現実的な建設費といった考慮からリングが2本になりました。しかし、TRISTANというニックネームはなかなかいいものだったので、是非残したいと考え、Two Ring …でもよかったのですが、より適切な英語名として Transposable Ring Intersecting Storange Accelerators in Nippon としました。
           音楽とは直接的には関係しませんが、研究者にはクラシックファンが結構いてこの名前は気に入っていたようです。》
           こういう記事を読むと、何だか自分も賢くなったように勘違いしてしまいまして(苦笑)、40話「殺しの序曲」で、天才諸氏が聴くようなクラシックは、チャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」ではなくて、せめて、このヴァーグナーの『トリスタンとイゾルデ』~「前奏曲と愛の死」あたりだと、格段にそれらしくカッコよくなるのになあと、観るたびに思ってしまいます。

        2. tempus fugit(様)が抜けておりました。失礼いたしました。音盤文化、消滅しないで欲しいです。

          1.  さすがYC-30さま、ベーム盤のこと、そのブルーレイ盤もご存知だったのですね。たいへん失礼しました。私はLPは持っていなかったので、ブルーレイで初めて”噂のリハーサル”に接しました。なお「トリスタン」はカルロス・クライバーの70年代バイロイトライブ3種類も海賊盤で持っておりまして・・・と続けていくと必ずや「他所でやってください」と言われるので、ここらでやめておきます(笑)。
             でも石が飛んできそうなのを覚悟でもう一点だけ、若い頃、たまたま筑波研究学園都市に行く機会があり、そこで高エ研の加速器「トリスタン」のことも聞き、「きっとクラシック好きの人がいるのだろうな」と思いました。素粒子研究でヨーロッパの機関CERNなどとしのぎを削っているとも聞きましたが、文系の私は理解が及ばないだけにすぐに忘れていたところ、ずっと後になってダン・ブラウンの小説「天使と悪魔」を読んだ時、そのセルンが出てきたので、「あ、トリスタンのライバルだな!」と思い出したのを覚えています。
             コロンボと関係ない話で、大変失礼しました。

            1. >ダン・ブラウンの小説「天使と悪魔」を読んだ時、そのセルンが出てきたので、「あ、トリスタンのライバルだな!」と思い出した

               今回という今回は、返信差し上げようかどうか散々迷いましたが、あまりにも次元が異なる鋭いご指摘だったので、むしろ、このブログの価値を高めると考え、あえて再返信コメントを残しておきます。「刑事コロンボ」から話題が外れ過ぎますが、知的な会話を楽しむという意味でコロンボと共通しておりますので、どうかお許しください。
               先のコメントで引用しました原子物理学の鳥居寛之先生の過去記事には続きがありまして、
              ⦅CERN(セルン)研究所も元々は Conseil Europ’een pour Recherche Nucl’eare というフランス語、つまり欧州原子核研究協議会の頭文字で、後に Conseil が Organisation 機構 に変わってもCERNの略称は残り、そのまま固有名詞化したものです。今は「原子核」という言葉を嫌って、またむしろ素粒子の研究が主であることから、European Laboratory for Particle Physics としています。
               そのCERNには ISOLDE イゾルデ という実験施設があり、ここでは主に不安定原子核の研究が行なわれているようですが、これも Isotope Separator On Line Facility for Production of Radioactive Ion-Beams と説明されており、ISOL までは説明がつくのですが、DE が何なのかは私には分かりません。こちらのほうはその分野でそれなりの成果を出しているようで現在も稼働しており、TRISTAN とは運命を共にはしなかったようです。⦆
               つまり、スイスのCERN(セルン)研究所に実際に長期滞在して研究されていた東大の鳥居先生でさえご存知でなかったことを、tempus fugit 様は、この欄でサラッとおっしゃったわけでして(勿論私ごときが知るはずもない)、ちょっと凄すぎて感動してしまいました。

              1.  理数系のことは全然わからず、音楽はただ聴いて楽しむだけで楽器は弾けず楽譜は読めず楽理はわからずという、一介のエンタメ好き感覚派文系人間にすぎない私としては、YS-30様からのお言葉をいただき戸惑っております・・・。CERNに「イゾルデ」があることなどまったく知りませんでした。
                 最後にもうひとことだけ、ダン・ブラウンの「天使と悪魔」は、ハチャメチャといえそうなところもある小説ですが、世間的に大人気となった「ダ・ヴィンチ・コード」よりも、私は気に入っております。

                1.  YC-30様、間違って”YS-30″様と書いていしまいました。申し訳ございません。

                  1. ダン・ブラウンの「天使と悪魔」、面白そうです。Kindle版で読んでみようと思います!
                    ご紹介くださりありがとうございます!

  2. この話を子供のころ家族で初めて観た後、父からの問われました。
    「鏡は左右反転するのに、どうして上下は反転しないのか、わかるか?」
    悩み抜きましたが、ついに教えてもらえませんでした。
    懐かしい想い出です。
    後年知ったのですが、これは物理学でも非常に難問な部類だそうです。
    未だに説明できぬまま、2年前、父は他界してしまいました。
    説明できる方、いらっしゃいますか?

    1. これは自分で考え、発見した理由なので、一般的に言われているものとは異なるかもしれないことを予めお断りしておきます。

      このことを考えるにはまず「逆」という概念の定義付けからする必要がある。
      つまり逆とは何か?ということである。
      左右が逆になっているという判断はどうやってしているのでしょうか?
      例えば自分が右手を挙げると鏡の中では左手を挙げているということだと思う。
      これをもう少し詳しく言うと右手を挙げた状態で立ったままぐるっと水平方向に180度回転したら、左右が逆になっているということである。この「水平方向に180度回転」がミソである。人間はどうしても重力の呪縛からは逃れられないようである。180度回転すると言ったら立ったまま、難しく言えば地面(重力)に対し、平行方向に回転することしか思いつかない。180度回転するには地面に対し、垂直方向に回転する方法もあるのに。垂直方向に回転したらどうなりますか?挙げているのは右手ですよね?そう、逆にはなっていません。さらに言うと頭が下に来ている。つまり、上下が逆になっている。
      だから、左右は逆になるのに上下は逆にならないという理屈は成り立たないのです。強いて言うなら地面に対して平行方向に180度回転したときはという条件付なら成り立ちます。でもそれなら逆の言い方で地面に対して垂直方向に180度回転したときは上下は逆になるのに左右は逆にならないも成立するわけですから・・・
      結論はどうしても逆になると言うとしたら上下左右とも逆になるとしか言い様がないですね。

      1. 「鏡問題」は、プラトン以来、二千数百年以上議論が続き、未だに定説が無いそうですので、まず、ご自分で考えられたことに心から敬意を表します。
        >どうしても逆になると言うとしたら上下左右とも逆になるとしか言い様がないですね。
        確かに富士五湖に映り込む「逆さ富士」は上下左右とも反転していますよね。
        しかし、せっかく丁寧に解説していただいたのに、そこから先が、やはり考えれば考えるほど頭がこんがらがってわからなくなるのです。
        かつて、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎博士が、「鏡のなかの世界」という随筆の中で、「鏡に映った自分の自画像を描くと、ボタンの男合わせと女合わせが入れ替わるのが、どうしても上手く説明できない」といった趣旨のことを書かれていたのを読んだことがありました。
        「刑事コロンボ」と直接関係ない話題に振って、申し訳ありませんでした。

        1. 鏡の中の左右反転現象の原因はオンボロ様の説の通り、鏡像の右手と左手を区別するために自分の顔の向きを鏡像と合わせようと自分を垂直軸まわりに180°回転しており、その時に左右の反転が発生しているからです。
          例えば右手を赤、左手を白に塗って、右・左という言葉を使わずに赤手・白手と呼ぶ事にします。その状態で鏡に向かって赤手または白手を動かすと鏡像も同じ手を動かすので赤手と白手は反転しません。色でどちらの手か区別できるので180°回転が不要になり、反転現象は起こらないのです。
          鏡像が実際に反転しているのは鏡面と垂直な方向(鏡に向かって立っている人から言えば前後方向)だけで、左右反転は後から人間の考えによって引き起こされていると考えます。

          1. 頭が悪い私のコメントにおつきあいくださり、感謝です。
            >左右反転は後から人間の考えによって引き起こされていると考えます。
            そうはおっしゃられても、
            裏焼き写真や鏡 = 左右反転、上下はそのまま、というのは世間一般で通用する常識です。
            よく知っているアルファベットや日本語文字であったら、鏡に映すと左右反対が気になるが、初めて見る文字、たとえば、
            ഉദാഹരണത്തിന്, നിങ്ങളുടെ വലത് കൈ ചുവപ്പും ഇടത്
            みたいな文字だと、人間は左右反転かどうかなど意識しない。だから左右反転とは単に人間の思い込みと錯覚に過ぎないと説明してくれた人もいましたが、それでも私にはすっきりと納得できたわけではありません。
            つまりこの問題は、理屈では理解可能でも、それを言葉や数式では完璧には上手く説明できない事象であると、私は捉えております。

            1. そういえば、映画「タイタニック」の外観セットでは、実際に造られたのは右舷側だけで、左舷側のシーンは右舷で撮影したフィルムを裏焼きして使用したそうで、実際、乗船前のディカプリオ出演場面は一部裏焼きを使用していたそうですし、服装や、実際には判読不可能なトランクの名札に至るまで、文字を反転させた小物を用意して撮影したとのことでした。
              「刑事コロンボ」でも、気付かないところで、場面構成上の理由などにより、あえて裏焼きを使用しているシーンが無いとは断言できませんよね。

  3. このエピソード見直すときはいつも同じ、あの教会の救護所のシスターを「今観ても笑えるか」です。素晴らしい(笑)。改めて救護所に腰掛けたコロンボの違和感の無さよ(笑)。そしてシスターの思い込みの強さと慈愛に満ちた笑顔と名台詞。こんなご時世だけに一段と身に沁みて感動(笑)。半世紀経とうと名場面に大笑い。何度も言います、大好き、尊敬していますシスター、今でもノーベル平和賞候補になってもおかしくない、貴方のような方がもっと大勢いれば世界はもっと良くなると思います。きっとかのマザーテレサも若い時はこんな感じ(やっぱりマザーがモデルという確信は強まるばかり)。

  4. いつも楽しく読ませていただいてます。
    おお昔の子供の頃、ずいぶん背伸びして(そして小遣いはたいて)二見書房のノベライズ版を買って読んでました。今と違いA5版の物で放送時の画面が何枚か表紙や本編中に載っていました。脚本にはない筋書きも多く、この「逆転の構図」は戦場カメラマンとしてピュリツァー賞を獲った作品が実は妻の甥(イトコだったかな?)のもので、それゆえガレスコ氏は妻の尻に敷かれ積年の鬱屈が…という粗筋になっていました。そしてラストではコロンボ宛にその甥?から電話がかかってきてコロンボに対し「ガレスコが怪しいとかねてから思っていた」云々と告げるんですが、コロンボは実はガレスコの才能や人間性を買っていたらしく「あんたたちが一人の天才を葬っちまったんだ!あんたたちみたいなのを人間の屑って言うんだ!」と荒々しく電話と切る、という結末になっています。またガレスコ氏は連行される際コロンボに対し「君をカメラのファインダー越しに見るべきだった。君がどんな人間かわかっただろうに」と言い残していきます。

    1. なるほど!!そうした流れの話なら、d’yquemさんがご指摘の、コロンボが《達成感も表さずに「疲れた~」という感じ》の消耗した終り方は、私にも納得できます。当初設定の演出プランが残ってしまったのでしょうか。
      放映決定稿に至る、ノヴェライズ版(原語版と日本語版は同内容なのでしょうか?)、シナリオ初稿 、 シナリオ改訂稿 、 シナリオ最終稿…などが、どういう順番と経緯なのか詳しく知りたいものですね。
      何だか、同じ脚本家の22話「第三の終章」で、途中から大スター出演の映画化が前提になってしまって書き直しを余儀なくされた、小説「サイゴンへ60マイル」執筆過程の逸話を想起します。ディック・ヴァン・ダイクのさっぱりした性格に合わせ改訂されたのか?(笑)
      しかし、大スターだからといって安易に共感路線にしなかったところは、私的には大賛成でした。

      1. 二見書房から出版されていたノベライズ版は、どのエピソードも単行本一冊分にふくらませるため、”訳者”たちによる創作がかなり入っていたことが関係者の話から明らかになっています。
        「逆転の構図」の該当部分がそうだったかどうかは不明ですが、日本のノベライズ版を「原作」(製作者が意図したもの)と扱って各エピソードを考えるのはちょっと危険だと思っています。なお本国アメリカでは、小説化され出版されたのは「別れのワイン」や「祝砲の挽歌」などごくごく少数です。

        同じように、ドラマの日本語版のセリフも、原語とはかなり変えている場合があり、なかには原語より”名セリフ”になっているところもあるので、「コロンボ」を論じる場合は、本来なら原語に拠らなければいけないだろうなとも思っています。

        以上、横から失礼しました。

  5. ガレスコがあるカメラを取って、コロンボに「見たまえ、これはウクライナまで持って行ったモノだ もう10年以上前だが」と言うシーン この作品もこれまで何回観たか分からん位ですが、「ウクライナ」には反応せざるを得んかったですね その頃のウクライナはソ連の下で、やはり大変だったと思われます 社会派カメラマンとしてのガレスコがどんな写真を撮ったのか、その辺りは気になります 

  6. ラストでガレスコが連行されていった後、コロンボが後ろ向きで机に座り、疲労感を滲ませていますね。
    狙いどうりに犯人にカメラを取らせたにしては、達成感も表さずに「疲れた~」という感じなのが、不思議です。

    1. でしゃばりをお許し下さい。
      原作の小説をお読みになると、多少は犯人の気の毒な身の上が理解出来ますよ(^。^)

      1. Wikipedia「刑事コロンボの犯人」の頁によりますと、
        「職業:写真家
        人物:ピューリツァー賞を2度受賞するなど著名な写真家。悪妻のフランシスとは結婚して15年になるが、長年抑圧されていた。前科者のダシュラーとは、刑務所を取材した際に知り合った。助手のローナ・マクグラス(演:ジョアナ・キャメロン)に想いを寄せており、ローナもそれに応えようとしていた。本編では描かれていないが、シナリオの最終稿では、数年前に神経衰弱になっており、フランシスはそれを利用して裁判所に彼の管理能力の喪失を訴え、財産の全てを彼女の管理下に置いたということになっていた。また、シナリオでは助手であるローナとの間はポールの片思いとして描かれている。一方、日本語ノヴェライズ版では、ピューリツァー賞の受賞作品は実は妻の弟の作品であり、その秘密を妻に握られていたために、まったく妻に頭が上がらない状態になっていた、とされている。また、日本語ノヴェライズ版ではポールは秘書のローナに思いを寄せるが、実はローナはポールの写真集を出版してきた出版社々長のレイの愛人であったということになっている。」
        ちょっとビックリですね。
        だからといって、妻を殺害して良いわけではありません。
        私は、大方の皆さんとは違って、絶対に共感できないような犯人にこそ、共感します。「白鳥の歌」とか「別れのワイン」のような甘っちょろい情けは、安全圏からの偽善と感じ、怒りがこみ上げるだけなので無用です。
        だから、この裏設定をカットした判断については支持します。

        1. ついでに言わしていただければ、もし犯人ガレスコが神経衰弱のままだったとしたら、メンタル的に疲れ切ったガレスコを、汚い逆トリックの罠に嵌めたコロンボの手口にも到底共感しません。そんなものは名勝負でも何でもありません。

          1. 同感です。コロンボが安易に犯人に寄り添う展開は個人的にあまり好きではないです。
            そういう意味では初期の作品の方が犯人はあくまでも悪者、視聴者に媚びず直球勝負していて、本来のコロンボって感じがします。

            1. バダー様、照る民様、マサコ様、ありがとうございます。
               ガレスコは、「気の毒な」設定だったのですね。
              ラストのあの机に座りこんだコロンボの背中を見て、私も犯人への同情や哀れみを表しているのかと思ったのですが、作中で「気の毒な」描写が無かったので、分かりませんでした。
               特段に捜査に苦労したようでもないのに、コロンボが「疲労」している表現もおかしいな、と不思議に思っていたのです。

  7. コロンボあるあるとでも言うのでしょうか。
    犯人は部屋の鍵をあける名人です。今回はモーテルの部屋の鍵をやすやすとあけました。
    溶ける糸の犯人もそうだっと記憶しています。どの話か記憶は定かではありませんが、犯人が部屋に簡単に侵入するシーンを何回か見ました。

  8. 私もこの回がとても好きです。ラストのやっちまった感がとても痛快だからです。思うにコロンボはかなり早くからガレスコに当たりを付けていて、夫人の葬式ではすでに伏線となるようなこと、わざと苛立たせたり、素人が急にカメラにハマりだしたとアピールしたり、を実行していたように思います。それらと何よりも執拗な聞き込み、挙げ句に任意同行によってイライラが頂点に達していた。もちろん聞き込みの段階でガレスコは短気で激昂型だと分かっていたことです。そこに裏焼きの写真を得意満面で見せられて、緊張と緩和の激しい落差が生じて、もはや論理的な思考ができなくなっていた、、、のではないでしょうか。

  9. 細かい話ですが
    ガレスコが証拠写真を写したカメラを手に取ったところ
    コロンボが部屋にいた人間に「今の行動を目撃したね」と聞いて回るときは
    左手で指差していたのに
    シーンが変わったら(ガレスコ「何を目撃したんだ?」)
    右手で指差していますね

    1. 笑えました。
      確かに、青いネクタイの刑事を指差した時は左手、
      しかしカーキグリーンの証拠品係を指差した直後に
      右手に変わってました!青いネクタイのデザインを見ますと
      これは「逆転の構図」ではなく、撮り直しです(笑)

  10. アルビン・ダシュラー役のドン・ゴードンさん
    スティーブ・マックィーンの「ブリット」(1968年 米)に、
    デルゲッティ部長刑事役で出演していましたね 

  11. 1970年代にNHKで初放送された時からのファンです。
    この回はラストの「君今の見た?」「見ました」「君も見たね?」「見ました」の早いテンポで畳み掛ける演出がとにかく印象に残りました。
    犯人を追い詰める緊迫感でワクワクして、カッコいいなーって思いましたよ。
    「古畑任三郎」でキムタクが爆弾犯人を演じた回にまったく同じ演出を使ってて、三谷さんほんとコロンボが好きなんだなあと嬉しくなりました。
    皆さんが突っ込んでおられるように色々アラはありますが、あのラストだけで私は満足しております( ^∀^)

  12. 今回も各俳優の魅力については一切抜きでコメントします。
    「左右反転」という主題が、同じ脚本家で前回「自縛の紐」と対になっているのが中々面白いですね。
    昔ウクライナにも撮影に行ったことがあるほどで、写真の構図にこだわり抜き、ピューリッツァー賞を受賞したこともある超一流の写真家が、裏焼きという、コロンボが仕掛けた子供騙しみたいな逆トリックに、そんなにやすやすと動揺して引っ掛かるものなのかなあというのが正直な感想です。あそこでカメラさえ選び取らなければ完全犯罪成立だったという単純な図式にしてしまったのは、この脚本家の発想にしてはちょっと安易過ぎではないでしょうか? すでに指摘されている方が大勢いらっしゃいますが、写っている部屋の配置や服の細部を調べれば簡単にわかることですから・・・。新聞の土日版などによく載っている間違い探しの問題より格段に簡単で、それこそ子供でもわかり、「自縛の紐」と比べ、かなり低レベルな結末です。
    しかし、現実世界でも、銀塩写真の世界で裏焼きミスは、映画やテレビドラマのフィルム映像も含め、茶飯事で、一流のプロの仕事でも案外とそんなものかも・・・。音頭丸殿さんがお好きな「ウルトラセブン」にしたって、もう隊員の制服や車のハンドルが逆だとか、とにかく裏焼きミス・シーンが多く、4Kリマスターになっても直されていません。私が所有している、カラヤン、ベーム、マイルス・デイヴィス、デューク・エリントン、ジョン・コルトレーンのLPやCDにしても、メジャーレーベルでさえ裏焼きのまま商品化されてしまっている名盤のジャケット写真が、いくつもあります。インバル指揮フランクフルトRSOのブルックナー:交響曲第8番の初出LPは、ジャケット裏面の演奏風景の写真は、弦楽器奏者が全員左手で弓を持っていましたからね。マイルス・デイヴィスの名盤「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」のLPジャケットにもがっかりしました。トランペットの形状が一目で左右逆で変だって、商品になるまで、業界でたくさんのその道のプロがチェックしているはずなのに、だれも気付かないものなのでしょうか。未だにちょっと信じられません。
    というわけで、脚本は私と波長が合うし、一般的にも傑作回との評価が多いのに、「超一流のプロって、虚構でも現実でも意外にその程度なのかなあ?」と、個人的にはがっかりで、何だか釈然としない回でした。

    1. 同感です。
      一般的に人は、自分の専門分野で頻度高く発生しやすいエラーには、想定内なので冷静に対応するものです。直前に自分が撮って気に入らなくて、くしゃくしゃに丸めて現場に捨てた失敗写真をコロンボが回収していて犯人にも見せていたため、まず第一に、すぐにそれと見比べることが可能であり、常識的に考えれば、裏焼き逆トリックの線からどんなふうに責められても余裕で対処できます。
      写真家という職業人としてのリアリティーが、もっと欲しかったですね。

  13. 食堂でドーランを見つけて席を移動する時、コロンボの緑のコップが消えてますね…。
    この話も何回も何回も見ているのに、今日気づきました!

  14. ディック・ヴァン・ダイクは、子供の時に観たチキ・チキ・バン・バン(この作品の6年前)の主役の人だったのですね。イメージが全く違い、気が付きませんでした。今後はもっと愛着を持って視聴したいと思います。
    現在96歳現役とのことで、これからもお元気で活躍してほしいです。

  15. 初めまして。今 NHK の BS で刑事コロンボの再放送をやっているので、以前買った DVD で逆転の構図を初めて見ました。私もこの作品はオチが素晴らしく名作だと思います。人間は外見だけではなく中身が大事であると思い知らされます。コロンボかっこいいです。

  16. 27話「逆転の構図」の不動産屋マグルーダー、俳優ジョン・アシュトンはどこかで見たことがあると思っていましたが、ビバリーヒルズコップのジョンタガート役で見ていたのでした。
    (ビバリーヒルズコップの方が10年後の作品ですけど)
    両方とも(刑事コロンボとぼばりーヒルズコップ)小さいときからファンだった作品なので、勝手に感動しております。

  17. こんにちは。
    偶然ですが、ガレスコ夫人役のアントワネット・バウワーさんがスタートレックTVシリーズ第2シーズン「惑星パイラスセブンの怪」に出演されていることを発見しました。
    早速、ソフトを引っ張り出して確認したところ、なかなかセクシーな異星人の役柄で、コロンボでの悪妻(?)とは随分違った役作りに少々驚きました。
    スタートレック出演時は35歳、刑事コロンボはそれから7年後の出演ですが、他の作品で別の顔を発見できたことを楽しんでおります。

      1. こんにちは。
        4時02分の銃声でウィリアム・シャトナーさんと共演したモリー・ヘイガンさんもスタートレック:ディープ・スペース・ナイン第2シーズン”新たなる脅威”というエピソードに異星人役として登場しておられるようです。
        DS9は全部のエピソードを見ていませんが、刑事コロンボとスタートレックには何かご縁のようなものを感じます。

  18. こんにちは。
    コロンボの旧シリーズを観ていると、お店や建造物、ファッションや小道具にも注目してしまいます。ロサンゼルスが大好きなので1970年代のロサンゼルスが舞台であるコロンボは、ストーリーだけでなく、注目する点がたくさんあって楽しめるのです。
    たとえば、このお話に出てくる、ダシュラーさんが滞在していたモーテル。町なかではなく、かなり郊外に立地していて、とても魅力を感じます。
    それからカメラや置時計。デザインやフォルムがたまりません。
    あと、このお話にはでてきませんが、コロンボに幾度か登場する持ち運びできるバッグがついた小さなタイプライター。
    そして、取っ手のついたカップがかぶせてある魔法瓶。
    コロンボはいろんな魅力が満載です。

  19.  初めて投稿させていただきます。
     私が小学生のころに放送され、大ブームになっていましたが、50歳も半ばを過ぎてから、再放送を知り 録画して数度見直してます。
     最後のシーンですが・・ 何が驚いたって・・ コロンボの左手の甲の白さです。 ゴルフ好きなのは有名で私もロスアンゼルスの留学時にロスアンゼルスのリビエラカントリークラブで彼を見かけたことがありました。 この白さ・・ ドーランを塗って色をごまかすとかなかったんでしょうかね? 笑っちゃうほど白いんですよ。 

  20. ガレスコを追い詰めた後は一気に責め立てて秘密の暴露を引き出した。
    これでネガの入ったカメラを当てた”だけ”で犯人とするには弱いことを説明出来るかな?
    私が気になったのは逆焼きを証明するのにネガを提示しようとするか?という点です。
    既に指摘されているように建物を調べれば分かるの他に、時計の長針の位置からして短針の角度がおかしい筈だし、何より奥さんが左右逆に写っているというのは大きいと思います。
    長年一緒に暮らした奥さんですから顔が左右逆になっていたらひと目で分かると思います。
    それだと警官たちをその場で説得し難いのであればもう一つ証拠があります、それは奥さんが胸につけたコサージュです、コサージュは左胸につけるのが一般的なのです、私の妻は右胸につけるような真似はしないと言い切ればコロンボ達もぐうの音も出なかったでしょう。

    1. わたしも「今すぐもう一度あの古民家を現場検証してみろ」と冷静に言われたら、とハラハラしていました。
      コロンボの絶妙な演技によりうまくそこは回避できましたが。
      まあ、ここもひいき目なしに言うと、これは我々警察の違法捜査の感ありです。裁判ではここは奥の手としてとっておきます。
      ここもひいき目なしに言うと、コロンボはガレスコの「グレー」は限りなくクロに近いグレーだ、と証明したと思います。「クロ」とは証明できてはいませんけど。

  21. 容疑者はダシュラー(複数はほぼない)かガレスコ。
    ガレスコにはアリバイはない。動機もある。方法も説明できる。決定的証拠はない。
    ガレスコでないならダシュラー。ダシュラーにもアリバイはない。動機は金。方法も説明できる。
    ただ、脅迫状に使用した新聞紙の件。ここは確かにガレスコが怪しい。
    これについては、コロンボの言う通り。
    モーテルのオーナーも、担当者は普段から勤勉だ、ということは証言してくれるようだ。(とします)
    ここは、ダシュラーが犯人ではなく、ダシュラーを犯人だとしようとした者が真犯人である、と強く示唆している。状況証拠だがな。
    ダシュラーでないなら犯人は誰だ。
    幻の共犯者か、ガレスコか。
    ダシュラーは誰かの使い走りだった。その相手は共犯か、ガレスコか。
    ガレスコだったとしても筋は通る。ダシュラーがガレスコの犯罪計画を知らずに使い走りをしていた、これもあり得る。
    「幻の共犯者」が新聞紙の偽装工作をした、という考えは不自然。意味がないからな。そんなことで複数犯人説は消えない。
    ガレスコが「ダシュラーを犯人にしようとした者」と考えるのは自然。
    まあ、一応公判は維持できそうだし、ひいき目でなく我々警察の主張の方が若干優っているようには思えるが。

  22. いやー面白かったし楽しかった!最後にこけましたが、ご愛敬ですね。
    オヤジ目線ですが、秘書役の方、スタイル良くてお顔も庶民的な美人さんで惹きつけられました。録画を消したのを後悔しています。(悲)
    ラストのカメラを選択したところですが、皆さん仰っている通り、決定的な証拠にはならないと思います。
    その写真にはこのカメラで経験上似ているので取った、もしくは目立ったカメラを手にしたとか言い逃れはできるはずでは?
    見どころ満載でしたが、教習所の教官を車に乗せてのやり取りがツボでした。

    1. コロンボさんの違法捜査の疑いは裁判の場で争わざるを得ないとしても、テレビドラマ的に視聴者を納得させるところまでは来ているのでは。
      まずは、刑事たちに目撃させていただけでなく、コロンボは隠し録音もしていた、と考えたいところです。徹底的に用意周到なコロンボ、と仮定します。
      すると、目立ったカメラを手に取ったらたまたまそのカメラだった、は成り立ちません。そのような会話にはなっていません。
      経験上、写真から考えてカメラが何となくわかった。こちらは証明は難しい。
      ただこちらも、カメラの中のネガを残していたか、取り除いていたか、これは犯人がダシュラーだとするとダシュラーにしかわかり得ない事実です。ガレスコは、カメラの中を確認する前に中に人質の写真のネガが残っていることを確信しています。
      「警察があまり愚かだから、ネガが残っているかも知れないから、それを教えてやろうと思って。そうしたら本当にネガがあっただけ」
      警察が愚かなのではなく、ダシュラーさんがネガを取り除いていたから警察はカメラのネガのことに気付いていないだけでは? ダシュラーさんがネガを取り除いていない、となぜ知っていたのか。
      警察は愚かではなく、カメラにネガがあることはもちろん把握していた。ではなぜ、犯人と警察しか知り得ないその事実を、カメラの中を確認する前に確信していたのか。
      「警察が愚かだと思ったのはその時の錯誤。ネガがある、と言ったのはネガがあるに違いない、という意味の言葉の綾」
      写真の型が同じでカメラの型は違う、そのようなカメラの揃え方をしていたのではないでしょうか。当時は特許の関係からか、インスタントカメラはポラロイド社の物しかなかったようです。
      「写真から類推して、自分の知っているカメラはそれしかなかった」
      なぜそのカメラにネガが残っているとあなたはカメラの中を確認する前に確信していたのですか。
      「それはあなた方警察が愚かだと錯覚したから」
      以下同様の押し問答。

      わたしが陪審員なら有罪ですが、無罪を主張する陪審員もいるでしょう。

      日本では2人殺人ならたぶん死刑。死刑制度は好みませんが。

      コロンボが捜査段階でダシュラーに写真を見せましたが、あれが実物でなく警察が複写した物なら? 完全に犯行証明となりそうですが。

      1. ビデオ見直しました。
        暖炉に捨てた写真と、コロンボさんがガレスコさんに捜査中に見せた写真、どちらにも折れ目が付いていますが、その折れ目の具合はまるで違います。

        1. いやしかし、ガレスコさんは「誘拐犯からの写真」は見ているぞ。これはポラロイドの写真だ。
          やはりガレスコさんは逃げ切れるのかな。

      2. 勉強になります、ありがとうございます。
        まだ理解できない部分もありますので、また放映したら観たいと思います。

  23. フランシスさんのパンプス、シャネルの様ですね。
    本来、シャネルはこういう方が身に着ける「オバサン・ブランド」で、若いコは「ダサイ」と見向きもしないのが、欧米流?です。
    そういった意味でシャネルのパンプス、フランシスさんにとてもお似合いです。

  24. 最後のシーンがかっこいいので好きな作品でしたが、よーく観てみたら変な結末ですねえ。
    写真が裏焼きなのはネガがなくてもバックのレンガの模様でも見たらすぐわかるし、
    ポラロイドカメラ内にネガが残ってるわけもないし…。

    注:ご存じでしょうが、あの時代のポラロイドカメラってのはシャッター押したらびいーっと、ま、フィルムシートが出てきます。
    暖かいところで40秒ほど待てば化学反応?で現像が終わります。
    それを2枚にはがして表がポラロイド写真、裏がネガになります。
    カメラ内部にネガが残るなんてことはありません。
    プロがそれを知らないわけはありませんから、犯人が取った行動は???です。
    納得できる説明はありませんかねえ?

    ついでながら縛られた奥さんを撮った時のシャッターの押し方はでたらめです。
    プロはあんなブレるような押し方はどんな時でも絶対しません。

    もひとつ。
    ガレスコが自分の足を撃ちますが、ズボンについた硝煙でどれくらい離れたところから撃ったかわかるんじゃないでしょうか?

    1. ポラロイドについては、英語では「オールドモデル」と言っています。カメラにネガが残るタイプのものをガレスコさんが見つけて購入したのでは。もしくは、そのような古いタイプのポラロイドカメラがある、という設定にしたのかな、「愛情の計算」の超高性能ロボットのように。
      シャッターの切り方については、報道カメラマンとしての強いこだわりの結果行き着いたスタイル、とは考えられます。手ブレより自分の気持ちの乗り方を優先させた結果、とか。
      足に当たった銃痕については、ごく至近距離で揉み合っていた時に撃たれた、と言っているので、コロンボさんも疑問は「きれいさっぱり」解けた、と一応言っています、。

      1. 漁師風様
        そうですね、ネガがカメラ内に残るカメラもあるんだと考えればいいのですね。
        無理やり納得しました。WW

        いつもトリックが解明された時の犯人の表情を注視してますが、
        (特にがロバート・カルプは最高です)
        今回のガレスコ氏のまだ何か一つ呑み込めてないような表情は素晴らしいですね。俳優ってすごい仕事だなといつも感心させられます。

        1. ネットで調べましたが、「オールドモデル」のポラロイドカメラについてはよくわかりませんでした。一応わたしは「オールドモデルは実在していた」派です。
          カメラを購入したのはダシュラーだった。とすると、ガレスコはそのカメラを盗んだ時、喜んだ? 普通のカメラだと、カメラと、人質が写った写真をダシュラーの部屋に置かなくてはならない。しかし写真にはダシュラーの指紋はつけられない。しかし、このカメラなら写真はいらない。
          という「自慢」のトリックを警察は全然気が付いていないじゃないか、という「優越感」もコロンボに利用されたのかも。
          このドラマには、人間が本当にわかり合うのは難しい、というテーマもあると思います。
          人気のシスターも、人格はすばらしいですが、コロンボのことは最後まで少し誤った理解をしていました。
          とは言え、コロンボはこのシスターのことはカミさんに話すでしょうね。すごく感じがいいんだけどきっとあの人はあたしのことを勘違いしてるに違いない、と。
          カミさんは、そんないい人なら会ってみたい、と二人でシスターの教会の日曜礼拝に出かける、などという空想をしてみたりするわけです。

          1. カメラとネガの謎が気になって調べてみました。あのカメラはポラロイドモデル150(1957年)に見えます。放映された1974年にはまだ残っていたでしょう。

            カメラにネガ用シートとポジ用シートを装填しておき、ネガに露光してからカメラの外側にはみ出ているタブを引くとネガとポジが密着して移動すると同時に現像液が入った小袋が破れて現像が始まり、少し待って両者を剥がすとポジ側に像が形成されているという仕組みです。ネガ側は廃棄します。

            初期のタイプ(これがオールドタイプと呼ばれている様です)は撮影後タブを引くとカメラ裏面側へネガとポジが移動して現像が始まるので、少し待ってカメラ裏蓋を開けてポジを剥がして取り出します。その時点でネガはカメラ内に残りますが、次の写真を撮影後タブを引いた時にカメラから出てきます。

            後期のタイプ(1965年登場)では撮影後タブを引くと撮影済みのネガとポジが貼り付いた状態でカメラから引き出されてカメラの外部で現像が進むので、カメラ内にネガは残りません。

            なおSX-70(1972年)ではシャッターを切ると撮影済シートが電動でカメラから排出されてそこに像が浮かぶのを待つだけ(ポジを剥がしてネガを捨てる必要がない)という所まで進化しました。

            1. あの程度のポラロイドで、あんなにでっかく引き伸ばしても、あれほど粒子細かく美しい写真に保てるものなんでしょうか?

                1. あまり詳しくは無いのですが、映画は35ミリでなく16ミリフィルムであってもスクリーン大に引き伸ばしても、けっこう鮮明です。
                  この後の他の回でも同じような話題のコメントのやり取りを見付けましたけれど、銀塩写真はポラロイドといえども侮れないのではないでしょうか?

                  1. ポラロイドのネガからは引き伸ばし写真を作れないのでポジ写真を一旦撮影して現像し引き伸ばす事になります。このためポジ写真をそのままあの大きさまで拡大した画像の画質が上限で、実際にはそれよりも画質は劣化します。
                    もっとも現在であればポジ写真をデータとして取り込んでデジタル画像処理できるので、ある程度は画質を向上できると思います。

                    1. 分かりやすく解説してくださり、ありがとうございました。
                      このようなシーンも制作側が低解像度だったブラウン管テレビでの視聴を前提にしていたから、昔はあまり疑問を感じずに済んだんでしょうね。あの当時は誰も4Kテレビで見られるなんて考えもしなかったでしょうから、昔のテレビ番組のデジタル・リマスター版を作製する場合には、いつも鮮明にするだけではなく、リアリティーを追求するために、あえて部分的にわざとボカしたり暗くしたりするなどの技術も必要になる時がある好例なのかもしれないなあと、ふと思いました。

  25. いつも楽しませて頂いています。毎週一話見てからこちらに寄るのが楽しみです。気になる役者さんのことも分かって楽しい。私は刑事フォイルも好きなんですが、コロンボは華やかでありやはり楽しいです。今回の話は非常に巧妙な計画的犯行であり、その手口だけでも十分に堪能できました。ラストシーンの引っかけはどちらかと言えば自分の好みではないのですが、出演者も巧者揃いだし間違えなく傑作です。中でも浮浪者役の俳優はかなりの腕前ですね。別れのワインのレストラン支配人と同じとは全くわかりませんでした。また犯人の助手の美人はエマニエル夫人を思わせる短めのスカートにハットでしだ。

  26. シスターの「空っぽのお腹は悪魔の遊び場」、って言葉にはちょっと感動すら覚えました。
    空腹がゆえに犯罪に手を染めてしまう人もいる、シスターはそれを少しでも防ぎたい気持ちから貧しい人に施しをしてるわけですよね。素晴らしい。

  27. しかし、そんな欠点をさて置いて、小池朝雄×近石真介の丁々発止。
    これぞ、ハリウッドを超えた、日本オリジナルのコロンボ。
    アメ公には絶対、この面白さは分からないだろうなあ。
    日本人に生まれてよかった(笑)

  28. ガレスコさん、ていうかヴァン・ダイクさん。
    プロカメラマンなのに、あまりカメラ扱いには慣れていないご様子(笑)
    ・カメラの両端を左右の手で持ったり
    (こう持つと手ブレしやすいので、普通、左手はカメラ下部に添えて下支えする)
    ・ファインダー覗いていない方の目を閉じたり
    (プロじゃなくとも、慣れた人なら両目は開ける)

  29. よくできた作品で、笑える箇所もありました。
    けれど、やはり最後がすっきりしません。
    犯人がその行動に出なかったら、どうするの? という点です。
    他の回でも、追い詰めた犯人の言動を決定打としたものがありましたね。

    1. どうも、ふらんくです。姓の方はどうか聞かないで下さいや。
      この事件の解決の仕方、お子さんたちには不評のようですな。
      こんなのまさに子供だましのトリック、犯人が引っ掛かるわけない、という感想です。
      大人社会にはストレスが多い、成功した大人は他人を見くびる傾向が高まる、そうじゃない方もいらっしゃいますが、老化によりケアレスミスが増えて来る、本当は自分が殺したんだというプレッシャーがある、このような状況があるわけです。
      犯人は通常の逮捕ももちろん、誤認逮捕もされたくない、海外旅行をするチャンスを逸してしまう。そのような焦りもあった。
      そこにチャンスがあると信じて、一か八かやってみたわけなんです。まあ、確信はあったんですがね。
      このトリックが稚拙だという方はすばらしい方だと思います。どうかそのまままっすぐ生きていって下さい。
      まっすぐな方と言ったら、今回、捜査中にすばらしいシスターに出会いました。あたしも見習いたいような人格者のようなんですが、あたしを隠密捜査をしている変装した刑事だと思い込まれたのには閉口しました。あたしゃ消極的な反応あるのみでした。

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