62話「恋に落ちたコロンボ」

It’s All In The Game / 1993

大金持ちの美女ローレン・ステイトン(フェイ・ダナウェイ)が婚約者ニックを殺害。かなり異色の作品ですが、あまり深く考えずに楽しもうと思えば美しい作品です。

やはりフェイ・ダナウェイは魅力的

犯人役のフェイ・ダナウェイは、素晴らしいですね~。美しいです。美女という観点ではなくとも、魅力に満ちあふれています。自分がコロンボになったつもりで彼女に惚れてしまえば、二倍楽しめるでしょう。

通常のコロンボ作風ではない

刑事コロンボは毎回ゲストスターが犯人役なのですが、これほどの大スターは居なかったと思います。しかしこの回の主題がコロンボのほろ苦い恋物語であるため、本来のコロンボ作品のような楽しみ方は困難。ブロンディな母と、黒髪でラテン系な娘という似ても似つかない母娘関係も楽しんで見て欲しいです。

見たいようで見たくない、人間コロンボの内面

普通であればコロンボ警部がいつ主人公を犯人だと感づいたかが大きな興味の一つですが、このように心の内を話して歩かれると、今までの作品はいったい何だったんだ?と、悲しくなりますけど。

バーニーの店

バーニーの店のオーナー「ジョン・フィネガン」が登場。かつてダフィー警部としてロス警察で活躍していただけあって、推理もピカイチ(笑)
→バーニーの店「BARNEY’S BEANERY」

恋に落ちた二人の…実年齢。

フェイ・ダナウェイは1941年生まれのハリウッド女優。本作品新・刑事コロンボ「恋に落ちたコロンボ」が1993年の制作ですので、撮影当時で52歳だったと思われます。一方のピーター・フォークは1927年生まれで、66歳。

ニックはゲス野郎か?

ニックの口から出る歯が浮きそうな褒め言葉は、とても本心だとは思えません。その反面独裁者のような威圧感も持っている。時には病的に描かれることもあります。このような男を好きになってしまい…裏切られ殺してしまう。とても愚かなことだと感じます。

コロンボが人間観察される

その愚かさに気づかされ傷つく母娘。そして犯罪捜査に訪れたコロンボ警部に出会います。今回は女性の目線で警部を人間観察するような面白い展開になっています。コロンボの誠実さに触れるローレンは「ニックよりもコロンボを好きになればよかった。」なんて表情に見える時もあります。

想像力を膨らましてみる

ローレン・ステイトンがなぜ大金持ちなのかの背景が描かれていませんが、何となく…彼女自身が築いた富だとは思えません。資産家と結婚したというより、むしろ代々の金持ちだと思われる。目鼻立ちが似ていないから娘のリタはきっと父親(マーチン氏)似なのだろう。ローレンとマーチン氏は随分前に何らかの理由で離婚して(死別ではない)ローレンは現在独身。マーチン氏はイタリアに住んでいるのかも。その関係でリタもイタリア在住。(加筆:2017年12月23日すべて想像です)

ちょいと、雑談。

冒頭のシーンでは噴水が逆流しています。またトイレで口紅を拭う場面で「ピーターフォークも歳をとったな~」って感じたんですけど、良く見ると鏡の上の方が曇っていて、それがより一層彼を「しらが頭」に見せているだけでした。

どうでもよいシーンですが、犯行現場で掃除婦と「ON・OFF」ごっこをする場面は楽しい。お馴染みのバーニーのお店で犯人と食事をする場面も。
原題の「It’s All In The Game」は「それはすべて遊びの中で」とでも訳すのでしょうか。同名の楽曲が存在します。「恋に落ちたコロンボ」と名付けてしまうよりは良かった気がしますが…。いずれにしても、コロンボ風の題名ではないですよね。

エド・マクレディ

26話「自縛の紐」のトライコン工業のエレベーターの警備員を演じた「エド・マクレディ」が刑事役で再登場しています。初期捜査の際に「近くの住人が銃声を聞いた」と伝える刑事です。

監督:ヴィンセント・マケヴィティ
脚本:ピーター・フォーク
ローレン・ステイトン:フェイ・ダナウェイ
リサ・マーチン:クラウディア・クリスチャン
ニック・フランコ:マーマンド・プッチ
バーニー:ジョン・フィネガン
刑事:エド・マクレディ

加筆:2017年12月23日
 

63話「4時02分の銃声」

Butterfly In Shades Of Grey / 1993

ラジオ有名コメンテーターで政治評論家の「フィールディング・チェイス」が養女の友人で元スタッフのジェリーを殺害。

ウィリアム・シャトナー+矢島正明さんが実現

犯人はかのカーク船長ことウィリアム・シャトナー。今回はこの主人公の圧倒的なキャラクター描写に尽きます。しかも吹き替えの矢島正明さんは絶品。短気で怒鳴り散らしたかとおもったら、猫なで声で電話をかけるなど、ばっちり楽しませてくれました。

カーク船長 vs 刑事コロンボ

カーク船長と刑事コロンボの競演というだけでも、他に何も必要ないほど「濃い」状況。冒頭のラジオ番組放送シーンで「カーク船長がチャーリーからの電話を受ける」というシーンにも少し「ニヤリ」でした。

怪物「フィールディング・チェイス」

犯行はかなりリスキーですし、わざと残した証拠のハンカチなど幼稚な面も見逃せません。それにしても、このフィールディング・チェイスという人物像、強烈です!コロンボ警部の「そうそう、もう一つだけ…」の展開に「そんなに物忘れがひどいなら、病院へ行きたまえ」とリアクションした人物は初ではないでしょうか。

少し大袈裟なトーンの吹き替えと評される石田太郎さんですが、今回のトーンは矢島正明さんとの絡みもあり、けっこう良い雰囲気だったと感じました。その中でもエンディング近くのフィールディングの自宅で、ビクトリアの母の肖像画に対し「温かい人柄が偲ばれますなー」と、小馬鹿にしたような台詞まわしは絶妙でした。

久々の「こうなったらコロンボを殺してしまえ」

さらには解決シーンでは、コロンボのウソにおびき出されたあげく犯行を暴かれ、この際「コロンボを殺してしまえ」と銃に手をかけるフィールディング・チェイス。可愛すぎます!このシーンで、クラクションを鳴らすピーター・フォークの演技は絶品だと感じました。
原題は「Butterfly In Shades Of Grey」で直訳は「灰色のシェードの蝶」で意味不明。邦題の「4時02分の銃声」もイマイチな気がしますが、どうでしょうか。

モリー・ヘーガンが再登場

養女のビクトリア(ビッキー):モリー・ヘーガンは、47話「狂ったシナリオ」のアレックスの元恋人で女優の役でも出演していました。二度とも重要な役柄でしたね。

傲慢な独裁者が守りたかったもの…恐れたもの…

フィールディング・チェイスは政治アナリストとして成功をおさめていますが、その背景には「独裁者的」「手段を選ばない」ことで、多くの敵をつくります。そして相手から意に沿わない行動を示されると「お前を破滅させる」と恫喝するのです。非常に寂しい立場の成功者と言えます。しかも、溺愛する養女ビクトリアからも「パパに必要なのはパパだけ」と、愛情を拒絶されてしまいます。
自ら多くの敵を作り、敵対意識を糧に成功して来たフィールディングが最も恐れたもの…それは敵対者から及ぶ、愛するものへの復讐…だったんでしょうね。恨まれる人生を生きることは避けたいものです。
 

ブログ訪問者さんからの情報

監督の「デニス・デューガン」は、37話「さらば提督」で、シオドア・アルビンスキー刑事を演じました。さらには(1973年 – 1987年の間)「ジョイス・ヴァン・パタン」の夫だったそうです。彼女は27話「逆転の構図」、39話「黄金のバックル」に出演している重鎮女優ですね。
監督:デニス・デューガン
脚本:ピーター・S・フィッシャー
フィールディング・チェイス:ウィリアム・シャトナー
ビクトリア・チェイス:モリー・ヘイガン
 
加筆:2011年1月29日

64話「死を呼ぶジグソー」

Undercover / 1994

この作品も賛否両論タイプ

「初夜に消えた花嫁」と同様で賛否両論、出ます。インターネットでこの「死を呼ぶジグソー」と「初夜に消えた花嫁」の情報を探してみますと、やはり諸事情により、自分が理想とする刑事コロンボ路線の作品が作りにくい状況だったようですね。また、この作が好きだとおっしゃる方も意外と多くいらっしゃるようです。

▼追記予定(BS2での再放送を見た後に書こうと思います)
2011年1月にもう一度見直しました。「初夜に消えた花嫁」は相変わらず理解不能でしたが、この64話「死を呼ぶジグソー」はピーター・フォークが、俳優ピーター・フォーク=コロンボという、世界中に知られた固定イメージがある中で、俳優としてこんなこともやりたかったという願望を一気に披露した作品だと感じました。(あくまでも私感です)

イタリア系?

コロンボはイタリア系であることを強調しています。が、ピーター・フォーク自身はイタリア系ではありません(ロシア系だそう)。しかしイタリアン・マフィアの格好良さに憧れている風の表現がありました。他の作品にもこの傾向は出ます。またこの作品には、少しアクション映画めいた暴力シーンも含まれます。そして「お金のために生きているのではない」という哲学も感じました。

シェラ・デニス

おぉ、ここにもシェラ・デニスが出てきましたね。忘れていました。シェラ・デニスはピーター・フォークの奥様として有名な女優さんですが、50話「殺意のキャンバス」58話「影なき殺人者」64話「死を呼ぶジグソー」66話「殺意の斬れ味」と、新シリーズだけでも4回出演しています。

原作:エド・マクベイン
監督:ヴィンセント・マクヴィティ
アーヴィング・クラッチ:エド・ベグリー・ジュニア
モー・ワインバーグ:バート・ヤング
ブラウン刑事:ハリソン・ペイジ
ジェラルディン・ファーガソン:シェラ・デニス
ドロシア・マクナリー:タイン・デイリー

加筆:2020年8月18日

65話「奇妙な助っ人」

Strange Bedfellows / 1995

マクベイ役のジョージ・ウェントが可愛い

牧場経営者マクベイが弟のテディを殺害。マクベイ役のジョージ・ウェントは、なかなかの存在感を見せました。大柄な体格が目につきますが、実は臆病そうでマフィアのボスに暴言を吐き付ける度胸もあったりして、とても可愛く描かれています。

また、レストランのオーナーであるロマーノを犯人に仕立てて殺害した後、「今、殺されそうになった」と警察に通報する時の顔が絶妙ですね。それにしてもマクベイさんは「スコッチ&ソーダでソーダ少なめ」を懲りずに連発するところは可愛いです。

残念な展開…でも、それが主題

「奇妙な助っ人」の邦題のごとく協力者を得て事件を解決しますが、こんな展開はこれが最初で最後。オチが「マフィアに殺されるよりも、殺人犯で刑務所に入った方がマシ」ということですが、33話「ハッサン・サラーの反逆」のイメージがちらつきましたね。さらに残念なのが、多少の暴力シーンがあり、コロンボ警部も殴られました。

捨て難い面も…

カリフォルニア尾長ネズミの話や、犯人を徐々に追い込んで行く駆け引きなど、意外と悪くない要素も多いことに気付きました。

みなさん同じビルでお仕事?

マクベイが種馬の契約をするビルは、66話「殺意の斬れ味」で、キンズレーとキャサリンが挨拶をするビルと同じです!。さらに後日発見しましたが、48話の「幻の娼婦」ですでにこのビルが登場していました。

ブリンドル刑事って?

今回ブルース・カービーは役柄ではほぼクレーマー刑事なのに、なぜか「フィル・ブリンドル刑事」として出演しています。これは「グローバー刑事=バーノン刑事」よりも深い意図を感じます。

エド・マクレディ

26話「自縛の紐」のトライコン工業のエレベーターの警備員を演じた「エド・マクレディ」がバーでネズミに驚いた女性を助ける男性客役で再登場しています。→バーニーの店「BARNEY’S BEANERY」

監督:ヴィンセント・マケヴィティ
脚本:ローレンス・ヴァイル
グラハム・マクベイ:ジョージ・ウェント
テディ・マクベイ:ジェフ・イエーガー
ビンチェンンゾ・フォテーリ:ロッド・スタイガー
バーニー:ジョン・フィネガン
ブリンドル刑事:ブルース・カービー
婦人を助ける男性:エド・マクレディ

加筆:2020年8月2日
 

66話「殺意の斬れ味」

A Trace of Murder / 1997

キャサリンと愛人パトリックは、夫クリフォードに殺人の罪をきせるために第三者(セルツァー)を殺害するという話。

クリフォード・カルバート は強烈

まず投資家クリフォード・カルバート(バリー・コービン)のキャラが強烈、それに比較すると犯人のパトリック・キンズレーは一見弱く感じるが、実はロス警察の科学捜査班。共犯のキャサリン・カルバートは、かのシェラ・デニスということで、かなりエンタテインメント性があり楽しめる作品です。

真面目に生きてりゃ良かったのにね

キンズレーが殺人を犯す動機は、私には理解できません。キャサリンをどれほど愛していたか?というのが大きな疑問ですし、クリフォードが仮に逮捕された後、キャサリンとの仲をどのように維持しようと目論んだのでしょう?大人しく警察官としての人生を全うすべきでした。この事件以外には、全く汚点がなかったのでしょうから。

強引な偽証拠

決め手となるのはむしろ「猫の毛」じゃないでしょうかね?背中にあれほどの猫の毛が着くということも、あり得ないことだと思います。もしもそのような状況になったとしても、細心の注意を払って猫の毛を取り除くでしょうね。葉巻の切れ端を現場に残すなど、もっての他ですね。その反面、犯行現場とコンビニの位置関係の話は面白いです。

バーニーのお店ですが…

重要なシーンで使用されたバーニーのお店ですが、62話「恋に落ちたコロンボ」の時と全然別のお店に見えますね。65話「奇妙な助っ人」では全く雰囲気の異なる「明るい雰囲気の」店でした。
→バーニーの店「BARNEY’S BEANERY」

これも珍しい、コロンボ警部の事件解説

事件解決の場面は面白かったというか、痛快でしたが、最後の解説シーン(バーニーのお店)は必要だったでしょうか?路上シーンの延長で十分表現できた気がします。

どうでも良いけど調べてみた

捜査の過程で登場する被害者セルツァーの女性弁護士「ドナ・ブロック」はトレーシー・ローズと名付けられていますが、深い意味があるのか?疑問。とても美しく魅力的な女性弁護士でしたが、それだけの役でした。

何度か見直しているうちに気付きました

クリフォードの要望で弁護士を通すことになり、コロンボ・弁護士・クリフォード同席の場で、キンズレーとキャサリンが挨拶をするビル(建物)は、その前の回の「奇妙な助っ人」で牧場経営者マクベイが種馬の契約をするビルと同じです!

 
奇妙な助っ人が1995年の放送に対し、殺意の斬れ味は1997年。ビルを撮影したアングルもそっくりで、同じ日に撮影したものを使い回していると考えられます。→その後の発見で48話「幻の娼婦」(1989年)ですでに登場していること判明しました。6年前のフィルムを流用したかどうかまでは、分かりません。
 

パトリック・キンズレー

犯人のパトリック・キンズレー(デビッド・ラッシュ)の日本語吹き替えは船越英一郎さん。とても有名な俳優さんの声なのに、気付かなかった人もいたのでは?

 
監督:ヴィンセント・マケヴィティ
脚本:チャールス・キッズ
パトリック・キンズレー:デヴィッド・ラッシュ
キャサリン:シェラ・デニス
バーニー:ジョン・フィネガン
 
加筆:2013年10月8日 
 
 

67話「復讐を抱いて眠れ」

Ashes to Ashes / 1998

最後のパトリック・マクグーハン

今回で四度目の犯人役となったパトリック・マクグーハン。殺人を暴かれた詰めの部分には少し甘さを感じますが、マクグーハンの存在感、演技には引き込まれるものがあります。

犯罪工作の名手マクグーハン

特に犯罪を隠蔽するためにせっせと工作する時の仕草、表情は絶品。まるでそれを楽しんでいるかのようにも見えるし、強がっているようにも見えます。「復讐を抱いて眠れ」でのハリウッドで葬儀屋の社長エリック・プリンスは、28話「祝砲の挽歌」のラムフォード大佐、52話「完全犯罪の誤算」の弁護士オスカー・フィンチより、若干キャラクター性を抑え気味でしたが、十分にマクグーハンを堪能できる作品でした。
後半でコロンボ警部が語気を急に強める場面は、他の回と比べて嫌悪感を露にしていない犯人に対して、すこし唐突な態度に感じました。おそらく、遠く離れた相手に向かって、大きめに喋ったのでしょう。執拗に付きまとうコロンボ警部に対し、今回のエリック・プリンス氏は忍耐強かったと思いますね。

灰から灰でも良かったかも…

原題「Ashes to Ashes」の直訳は「灰から灰」で、邦題の「復讐を抱いて眠れ」よりも内容に直接的な題名です。復讐を抱いて眠れは間違っていませんが、ベリティの復讐心が殺される引金になったとしても、その後の展開ではあまりクローズアップされていないのでピンと来ません。
また決め手となった金属製の砲弾の破片ですが、プリンス氏が骨壺に灰を入れる際にもっと慎重に行っていれば、入っていなかったでしょうね、割と慎重そうな人物ですけど。

サリー・ケラーマンが可愛い

最初の葬式の喪主でヒューストン夫人役の「サリー・ケラーマン」はとても可愛い役どころ。彼女はかなり長身の女優さんなのでしょうね。彼女はとても有名な俳優さんで、数多くの作品で会うことができます。

ルー・マクラナハンが憎まれ役を好演

被害者の芸能リポーター、ベリティ・チャンドラーはルー・マクラナハン。かつての男女関係の恨みを晴らすため、テレビでエリックの秘密を暴露する「復讐」を本人に宣告するが、その口調が強烈に意地悪。ピッタリのハマり役でした。

葬儀屋の秘書役は長女のキャサリン

また、葬儀屋の秘書役で長女のキャサリン・マクグーハンが出演しています。品のある素敵な女優さんだと思いました。さらに、葬儀場でベリティが遺体(ヒューストン)の頬にキスする場面で、遺体がハッキリ「まばたき」しています。(笑)

初期型のマック

余談ですが、作品中に殺害されたベリティ・チャンドラー(ルー・マクラナハン)が使用していたパソコンは初期型のマックですね。マウスにアップルマークを確認できます。また、電子メールや「.com」などが登場し、時代性を感じさせます。

イニシャルS.B.の登場人物

ベリティのメモの解読の過程で候補にあがったイニシャルの中で「スティーブン・ボチコ」は、1話「構想の死角」7話「もう一つの鍵」9話「パイルD-3の壁」10話「黒のエチュード」17話「二つの顔」などを手掛けた脚本家。

デガルモ刑事

コロンボ警部を補佐するのはデガルモ刑事[リチャード・リール]で、68話「奪われた旋律」にも出演しています。このように年配の刑事が登場する回は、捜査シーンに落ち着いた雰囲気を感じさせ、けっこう好きです。

監督:パトリック・マクグーハン

脚本:ジェフリー・ハッチャー
エリック・プリンス:パトリック・マクグーハン
ヒューストン夫人:サリー・ケラーマン
ベリティ・チャンドラー:ルー・マクラナハン
デガルモ刑事:リチャード・リール

加筆:2013年8月28日
 
 

68話「奪われた旋律」

Murder With Too Many Notes / 2000
サスペンス映画音楽の巨匠フィンドレー・クロフォード(ビリー・コノリー)が弟子のガブリエルを殺害。ガブリエルはクロフォードの弟子だが、実際にはクロフォード名義の作品のゴーストライターで、彼が師匠に愛想をつかし、反逆しそうになったので犯行に及んだ。

天才作曲家が実は無能で脳天気

冒頭のシーンでフィンドレーが、ガブリエルのアドバイスで、音を消した場面。ガブリエルの死後にエンディングの音楽演出で、監督からこっぱみじんに全否定される場面、どちらも「天才作曲家が実は無能」を意味していて、笑える設定でした。フィンドレーの人物像は好きでしたが、かなりヤバイ状況で鼻歌を歌いながら殺害計画を練っている姿など、大胆不敵な人物とも感じます。

容疑者特定の瞬間が見えない

しかし警部はいったいどのタイミングでクロフォード氏を犯人とにらみましたかね~。狂言ガス欠をしたくらいなので、その前ということになりますが、私はそれほど怪しく感じませんでした。

序盤が延々と続き、急に投了(負けを認める)シーン

コロンボが犯人を徐々に追いつめて行く雰囲気もなく、将棋で言えば長い序盤が延々と続き、急に投了シーン…という雰囲気。しかも、えらく楽しそうに犯行を認めているし。普通だったら認めません、殺人容疑ですから。「復讐を抱いて眠れ」も同じく、こんなにあっさり片付けないでほしい気がします。演出のパトリック・マクグーハンの好みでしょうか。

コロンボ作品のラストシーンは、犯人がじたばたしながらも完全に敗北を認ざるを得ない…ってのが美しいと思ったりしますが、今回は動機と状況証拠だけで逮捕してます。「音楽クラブのある刑務所があったら紹介してくれ」が自供ですね、楽観的な人です~。

現実逃避型の自供か?

でも何度か見るうちに気付いたのですが「クロフォードは捕まりたかった」のかも知れません。番組後半でリッター監督(チャールズ・チョフィ)に「正気か?観客が眠っていまう」とまで酷評され、「起こしてみせる」と突き返すが、おそらく全く解決策を見いだす自信はない。もう才能は枯れているのです。演奏家にもカッコつかないし、一夜で「マジック」を起こせる弟子は自分が殺してしまいました。殺人を暴かれて苦しみから逃れられたのかも。

This Old Man

最後のシーンで故ガブリエルの恋人レベッカ(ヒラリー・ダナー)に、ピアノを教えてもらうシーン。この音楽は刑事コロンボシリーズの劇中で頻繁に耳にします。コロンボ警部の鼻歌や、ちょっとおどけたシーンでのBGMとして多用されています。ここではコロンボは「♪おもちゃで遊ぼ」と口ずさみますが題名は「This Old Man」

またまたマクグーハンの娘

ガブリエルが転落死するその瞬間に居合わせたご婦人マーシアはパトリック・マクグーハンの次女「アン・マクグーハン」との情報が寄せられました。そう言われてみれば、顔がお父さんによく似ていますね。

今回もデガルモ刑事が「活躍

捜査を手伝ってくれる部下は、67話「復讐を抱いて眠れ」に続いて、デガルモ刑事。このように年配の刑事が登場する回は、捜査シーンに落ち着いた雰囲気を感じさせ、けっこう好きです。

原題「Murder With Too Many Notes」の直訳は「あまりに多くの音符との殺人」
監督:パトリック・マクグーハン
脚本:ジェフリー・ケーヴァ、パトリック・マクグーハン

フィンドレー・クロフォード:ビリー・コノリー
ガブリエル・マッケンリー:チャド・ウィレット
レベッカ:ヒラリー・ダナー
シドニー・リッター:チャールズ・チョフィ
デガルモ刑事:リチャード・リール

加筆:2020年8月1日

69話「虚飾のオープニング・ナイト」

Columbo Likes the Nightlife / 2003

最後の刑事コロンボ

刑事コロンボの最後の作品(になるだろう※注1)です。前作が1999年であることから、「最後にもう1作」という気持ちが込められた作品であると感じられます。音楽、映像処理などに、2003年という時代背景が出ています。それにしても、事件を解決に導くコロンボの着眼点、そして犯人を徐々に追いつめて行く捜査手法は健在で、集大成的な意気込みもありますね。2003年にレイヴ・プロモーターがポケベルを使っていたかどうかは、疑問ですけど。

輝いていたピーター・フォークの演技

▼これまでの私の「刑事コロンボ論」は、こうでした。
主人公のピーター・フォークは、毎回のドラマのナビゲーター。強烈なキャラクター性を持っているとはいえ、毎度お馴染みの風貌、台詞、立ち振る舞いを貫き、いわば変わらぬ要素を保ち続けます。それにより、毎回の犯人役のキャラクターや犯人の職業、立場などが際立つのです。政治家、学者、音楽家、俳優など、華やかな世界で頂点に登りつめた人物の転落劇が鮮やかに見えてきます。

しかし最終回の「虚飾のオープニング・ナイト」では、そのカラーは抑制されました。そのことにより、コロンボ警部の捜査手法の原点「些細なひっかかりを逃さない」「自分の足で情報を集める」「入念な聞き込み」などが強調されていた気がします。

コロンボ警部の頭は、まだまだ冴えている

随分とお年を召した容貌。地べたを這いつくばって手がかりを得てゆきます。まずは自殺者のお洒落、タイヤの塗料。そして階段を上り、被害者のオフィスで、爪切りと爪を発見。日めくりのページ抜けから関係者の住所を入手、パソコンキーボードの指紋で他殺と断定。ゆっくりと動きながらも、まるで隙のないスリリングな展開を見せます。

容疑者の絞り込みも素早い

ジャスティン(マシュー・リス)との初対面、コロンボの問いに対し、ハキハキと答えるジャスティン。その言葉尻に殺されたタブロイド記者「リンウッド・コーベン」の自殺を肯定したい願望が強く出ています。これで容疑者の最有力だと目星を付けられます。

最後の秀作

タブロイド記者の不可解な行動、ヴァネッサの元夫のホテル滞在の怪など。どんどん手掛かりを入手し、殺害動機を掴んでゆきます。初期のコロンボ作品のような昔の風情はありませんが、この「虚飾のオープニング・ナイト」は、最後に相応しいよく出来た作品ではないかと、再評価したいです。(2014年6月21日)

若い警察官に「何か」を伝えている気がする…

以前にも増して取り巻きの捜査班と、コロンボ警部の捜査手腕の「差」は大きくなるばかり。コロンボ警部以外の全ての警察官は、「無能集団」と化しています。コロンボ警部引退後のロス警察殺人課の検挙率の低下が心配ですね。初動捜査の場面もかなり面白いと感じました。警部を見て何かを学んで欲しいと願ったのは私だけでしょうか。

最終回のお宅も、オシャレ

ヴァネッサ(ジェニファー・スカイ)の家は現代風でオシャレな建築でした。私がもし住めたとしたらあんな家が好みです。大きなガラスを多用した開放感あふれる設計でしたね。それほどの成功者ではない犯人でしたが、元亭主がマフィアの御曹司ということもあり、お金は十分持っていたのかな?それにしても、犯人のジャスティンがコロンボ警部にシャツをプレゼントしたのは意味不明。そのシャツの店でヴァネッサに遭遇するのも不思議です。

二つの邦題

原題は「Columbo Likes the Nightlife」。ここで採用した邦題「虚飾のオープニング・ナイト」は日本テレビ版、「殺意のナイトクラブ」というWOWOW版の邦題も存在します。

お疲れさまでした~

コロンボの吹き替えは「銀河万丈」さん。ピーター・フォークの年齢相応の渋さが出ていたと思います。ピーター・フォークは1927年生まれで、1話「殺人処方箋」が41歳、この69話「虚飾のオープニング・ナイト」が76歳という計算になります。35年間お疲れさまでした~。(36年かもしれないけど)

庭を見せてくれるご主人

このショーン・ジャービスさんは、コロンボの名物俳優「ジョン・フィネガン」。最終回まで登場し、元気な姿を見せてくれました。現在わかっているだけで、12作品に出演しています。まさにコロンボと一緒に歩んだ俳優人生ですね。

監督:ジェフリー・ライナー
脚本:マイケル・アレイモ

ジャスティン・プライス:マシュー・リス
ヴァネッサ・ファロー:ジェニファー・スカイ
ショーン・ジャービス:ジョン・フィネガン

注1:俳優ピーター・フォーク氏は2011年6月23日に他界され、刑事コロンボの最後の作品となりました。

加筆:2020年8月1日