32話「忘れられたスター」

Forgotten Lady / 1975

泣けるコロンボ作品…

「忘れられたスター」は私が最も好きな刑事コロンボ作品のひとつ。解決編では、この作品ならではの結末を迎えます。それはコロンボ作品中、最も涙を誘うものです。

永遠のスター「ジャネット・リー」

往年の大女優グレース・ウィラー(ジャネット・リー)は輝きを放っていました。14話「偶像のレクイエム」のアン・バクスターの大女優も悪くはないのですが、私の好みも加味すると「格別」の感があります。

殺しの序曲のウエイトレス

また40話「殺しの序曲」に登場するウエイトレスは「ジェイミー・リー・カーティス」で、ジャネット・リーの娘です。

コロンボシリーズで最も重要な「犯人ではない登場人物」

かつての名優ネッド・ダイヤモンド役ジョン・ペインの存在も際立っています。スターでありながらジェントルマンでもありましたね。犯人でも被害者でもない登場人物として、ピカイチの存在感ですね。大好きです。

コロンボはネッドに何を託したか

コロンボ警部がネッド・ダイヤモンドに事件の全てを説明するのは、意味深いです。グレースが執拗な捜査にいらだちつつも、好意的な態度に変わっていくことから、「通常の殺人犯人とは違う」ことには気付いていたでしょう。そのようなグレースに対し「自白に導く」というコロンボ特有の手法が不可能となりました。ネッドの前でグレースを追いつめることで、身代わり犯人を持ちかけたとも想像できます。

執事レイモンドはザイアス博士

ウィリス(グレース・ウィラー)家の執事・レイモンド役は猿の惑星の「ザイアス博士」でもお馴染みの俳優。「モーリス・エヴァンス(エバンス)」同名のNBA選手がいることから、ネット検索が困難です。執事レイモンドは、その可愛い風貌も含めとても素敵でした。奥様のアルマさんはとても若かったですね。これらの登場人物が、すべて良い味を出してると思います。コロンボ作品で名作と呼べるものには、このように脇役が作品の魅力を高めているものが多い気がします。

忘れられたスターの魅力

原題と邦題はほぼ同意味で、この作品を端的に表すグッドなネーミングです。「ファンは自分を決して忘れていない」女優復帰に並々ならぬ意欲をみせる主人公:グレースですが、当人は記憶を失う病気で、余命幾ばく。それを知っている夫ヘンリーは復帰に反対するが、愛情とは理解されず妻に殺されてしまう…。グレースを心から愛する元パートナーの俳優ネッドは、身代わりとなり逮捕される。

憎しみを感じさせない、悲しい殺人事件

もはやコロンボの名前すら覚えられないグレース。財産をはたいてまで復帰を目指しますが、プロデュースを買って出たネッドでさえ、復帰の難しさを感じていたでしょう。生きているうちに…と世界旅行を提案する夫の優しさも虚しい。幸せとは何であるか?を考えさせられました。

覚えていないという主題

グレースは記憶を失う病気で、シーン各所にその伏線が見えています。ブログゲストさんのコメントにもありますが、何を覚えていて…何を忘れてしまったのか…その焦点もこの作品に不思議な魅力を加味しています。

夫ヘンリーはこの時84歳!

夫のヘンリー・ウィリスは俳優「サム・ジェフ」で、この時なんと84歳。妻のグレースが48歳ですので、36歳の年の差婚なわけです。ちなみに23話「愛情の計算」、ニコルソン博士(66歳)妻マーガレット(33歳)、33歳の年の差婚なのでこっちの勝ちです!

人気ランキングで常に上位を獲得

コロンボ作品の「人気ランキング」では、確実に「5位以内の座を獲得する作品」だと断言しておきましょう。(笑)1位は、やはり「別れのワイン」の指定席。32話ということで、決して傑作ぞろいの初期作品‥ではないのですが、まだこのような斬新なストーリーがあったのだと、びっくりします。

これもひとつのスタイル

私は刑事コロンボの王道的なスタイルとして「成功者の転落劇」にこだわっています。もちろん、そこに刑事コロンボの醍醐味が存在するのですが、この「忘れられたスター」のような「決して悪人とは思えない」犯人によるストーリーも感慨深いですね。19話「別れのワイン」、41話「死者のメッセージ」などに同じ雰囲気を感じます。

バーク刑事Bではない!

後の作品、41話「死者のメッセージ」、43話「秒読みの殺人」、47話「狂ったシナリオ」に登場するバーク刑事Bの「ジェローム・グアルディノ」ですが、今回はまだバークではなくハリス刑事としてちょい役で出演しています。

ランズバーグ先生とコリアー先生は同僚だ!

31話「5時30分の目撃者」の精神科医コリアー先生と、32話「忘れられたスター」の外科医ランズバーグ先生(ロス・エリオット)の病院は同じでした!詳しくは「廊下に色ラインが描いてある病院」をご覧ください。

この病院で登場する女性警察官

この女性警察官レフコウィッツ巡査部長は、フランシーヌ・ヨーク。制服がよく似合う素敵な女性でしたね。これをきっかけに、数人の警察署員が顔をだして賑やかになります。

本屋の店員

自殺した(ようにみえる)夫のヘンリー・ウィリスが読んでいた本「マクトウィグ夫人の変身」について、詳しく教えてくれる店員さんは、31話「5時30分の目撃者」のコリアー先生の友人の一人です。

アンダーソン検死官

「アンダーソン検死官」「ハーヴェイ・ゴールド」。33話「ハッサン・サラーの反逆」でも検死官、27話「逆転の構図」ではカメラ店のハリー・ルイスを演じています。日本語吹き替えは「ウイルソン刑事」「ドカベンで徳川監督役」の野本礼三さん。

監督:ハーヴェイ・ハート
脚本:ウィリアム・ドリスキル
グレース・ウィラー:ジャネット・リー
ネッド・ダイヤモンド:ジョン・ペイン
執事レイモンド:モーリス・エヴァンス
アンダーソン検死官ハーヴェイ・ゴールド(野本礼三)
 
加筆:2020年8月1日
 

“32話「忘れられたスター」” への101件の返信

  1. ぼろんこさん、はじめまして。
    人気が高いのがうなずける、とても味わい深い作品ですが、ひとつだけ気になるというか解せない点があります。毎晩のように奥様(グレース)のためにフィルムを回している執事レイモンドが、1時間45分の映画が2時間経っても終わっていなかったことに、なぜ疑問を抱かなかったのか? 謎解きのカギを握る部分だけに、作りとしてとても惜しい気がします。

  2. ジャネット・リーは撮影当時、48歳くらいだったそうですが、若い頃と変わらない美しさプロポーションですっかり魅了されてしまいました。私はこのエピソードを観るまでは、彼女がミュージカルスターだったというのは知らなくて、むしろヒッチコック監督の「サイコ」での印象が強い女優さんでした。恐怖におののく彼女の表情は絶品で、美しいだけでなく演技力もあることは証明済みで、このエピソードの中でも圧巻の存在感ですね。彼女が登場するだけで、画面が華やかになります。

    残された命が僅かであることを知らされなかったために、スターとして再び脚光を浴びることを夢見て、善良な夫を殺害してしまう。しかも、そのことすら忘れてしまっているという、何ともやりきれない話です。
    ラストシーンの、少女のように目を輝かせながら自分の往年の映画を見入っている彼女が、涙を誘いますね。

    1. 先日放送された「忘れられたスター」の余韻が覚めやらぬ間に、偶然、TSUTAYAでジャネット・リーが出演している「サイコ」のレンタル落ちBlu-rayを発見!500円だったので迷わず即購入しました(笑)

      テレビで何度も観たことはあったのですが、今あらためて観ると、やっぱり凄い。映像、音楽、俳優の演技全てが一体となって迫ってきます。また現代の技術のおかげで、約60年前の作品にも関わらず、とても映像がクリアで音響もリアルでした。
      何と言っても、後年、刑事コロンボに犯人役でゲスト出演しているジャネット・リー、ヴェラ・マイルズを観れるのが嬉しかったし、またアンソニー・パーキンスの怪演も必見です。彼はノーマン役があまりにハマりすぎてしまったために、そのイメージを払拭出来ず、その後の俳優人生にも大きな影響を受けてしまいました。もっと評価されて良かった俳優さんだと思います。

      続編のサイコ2~4はまだ未見なので、そのうち観たいと思います。刑事コロンボの視聴から派生して、また楽しみが増えました。

  3. 皆がグレースに良くしてあげるお話ですね ホロリ
    ネッドが後ろ姿で電話してやる!と怒りながらコロンボと話すシーン、吹替が別の人っぽいと思いました
    4Kで再放送してるようですがテレビなくて見れない・・・
    にしてもネッドがかっこいいねえ
    歌もダンスもてんでダメだというコロンボに「評論家におなりなさい」って、最高だわ
    殺しを決心してすぐ実行しちゃう→忘れちゃう
    なんだか悲しい
    古い映画って、90分のとかありますもんね

    1. 初回テレビで放送された時にカットされたシーンは、声優が変わってしまうケースが多々見られます。

  4. BSスペシャル投票第3位。コロンボの珍しい正装姿が見られる一篇(次の「ハッサン・サラー」共々)というのもNHK初放映当時の「売り」でした。
    観ている方の自分が年を取り、かつ「認知症」に関する認識が普及した今観ると一段と胸に迫るものがあります。本当に人が変わってしまうんですよね。そして「忘れる」・・・サブタイトルがこれまた身に沁みる。今の私としては、グレースは犯行直後から忘れ始めていた、に一票ですね。そして役者が皆、主役から脇、シリアスからコメディまでほれぼれするほどイイですねえ。

  5. これは、ピーターの俳優の素晴らしさを教えてくれた物語です。コロンボを両親や祖母と一緒に楽しんだとき、そのことに気づきませんでした。彼らはみんなグレースのように古くて忘れっぽくなり、この世を去りました。多分それが今彼のパフォーマンスを本当に感謝できる理由です。また、シリーズへの献身にも感謝します。(英文のコメントでしたが、和訳するといたずらの書き込みでないことがわかりましたので、掲載いたします)

  6. 犯人は私欲のために殺人を犯し、しかも計画的であり同情の余地はない。コロンボ警部は最後の夜、きちんと真実を打ち明けるつもりだったと思います。

    しかし一方、被害者が一人で抱えていた秘密を、やはり案じていたネッドに話したのは身代わり逮捕も「選択肢として有」としたからなのでしょう。

    詳細が語られなかった、自動車事故。
    ネッドが裏方に、グレースが実質引退に追い込まれたのは、スキャンダルとされたからかな…彼は賠償金のため働きづめに、彼女はその際支えになった主治医と結婚?

    互いを思いながら結ばれなかった関係が、全体の品につながっているように思えます。

    働き者の執事夫妻は、グレースの死後無罪に(警部が立証して)なったネッドが、再就職を斡旋したのではないかと。それくらいのハッピーエンドを期待したくなる、何度見てもしんみりする内容だと感じます。

  7. 40年近く前、TVで初めて観た時の最後のコロンボのセリフは、
    コロンボ 「どこまで出来るかやってみましょうか・・・」
    で、録り直されたのかは判りませんが、もの凄く印象に残っています。

    1. はい、そうなんです!私もこの作品がコロンボシリーズの中でNo.1なので、昨夕は楽しみに待っていたラストシーンのこのコロンボの セリフに「?」と何か違和感を感じていたのです。やっぱりそうだったのか、何故変えてしまったのだろう……バカだな

  8. みなさん、コメントありがとうございます。楽しく読ませていただいております。この作品に2票追加します。

  9. 私も「ぼろんこ」さん同様、70年代の小学生時分に「刑事コロンボ」に魅せられた世代です。
    この作品も皆さんがお書きになっているように、名作の一つだと思いますが、もう1つ違う観点から感想を述べさせて頂くなら、「コロンボ」を演じたピーター・フォークが、その晩年にアルツハイマー病に冒され、「自分が「コロンボ」であったこともわからなくなった」という外伝を目にすると、この作品のラストが余計に切なくなります。

  10. KZ様の推理(こう言っては失礼かもしれませんが)、すばらしいです。
    >私としては、ダイヤモンドのような高潔な人物が、あんなに自己中心的で勝手なグレースを愛するとは思えないのです。たとえ現役当時のまさにスターだった頃の話だったとしても。作品中のグレースは、すでに病気により本来の人格……ダイヤモンドが愛した頃のグレースの人格から歪められた状態になっていたのではないでしょうか?
     KZ様の体験から導き出されたとのことですが、お説のように考えるとすべて納得ができます。コロンボの何気ないような忘れ物の挿話の解釈も見事です。
     私も清水義範の短編小説「靄の中の終章」を思い出しました。
     ちょっと救いのない話ではありますが、「忘れられたスター」、名作だと思います。

  11. ごく最近この作品を観まして、数年前まで介護していた認知症の母と重なり、胸に来るものがありました。
    この作品、やはり犯人のグレースに対する評価が分かれるようです。
    しかし私としては、ダイヤモンドのような高潔な人物が、あんなに自己中心的で勝手なグレースを愛するとは思えないのです。たとえ現役当時のまさにスターだった頃の話だったとしても。
    作品中のグレースは、すでに病気により本来の人格……ダイヤモンドが愛した頃のグレースの人格から歪められた状態になっていたのではないでしょうか?
    私の母も本来は比較的温和で、御人好しが過ぎると評されるタイプの人間でした。しかし認知症を煩ってからはワガママ勝手気味になり、すぐに激高したり頻繁に被害妄想を抱くようになるなど、本来の母を知る人からは考えられないような状態になりました。そのあたりが作品中のグレースの言動と重なって感じられるのです。
    作品中では脳の血管障害による病状という設定ですが、製作年当時も認知症(痴呆)という症例はあったようですし、病状の参考にしたということは十分に考えられるでしょう。昔のことは覚えているのに短期記憶がボロボロ……鏡の前に座った時にはすでに自分が犯した殺人を忘れていたり、ダイヤモンドがヘンリーを殺したと自白して逮捕されたことをその数秒後には忘れて映画に楽しく見入っていたり(もしかしたらこの時点で、映画の当時の自分に人格退行していたのかも)など、まさに認知症の症状そのものです。だとしたら、作品中ではすでに病気で人格が変貌していたのだとしてもおかしくはないとも思うわけです。
    過程の話でしかないかもしれませんが、そんな風に考えると、この作品はより哀愁を感じられる名作と感じられるのではないでしょうか。
    ついでですが、コロンボがいつもよりたくさんの忘れ物をしたり、借りたものを返すのを忘れるというネタで「忘却」がテーマだと示唆していることを考えると、意味もなく挿入されているように見える射撃訓練云々はやっぱり、この作品の結末である替え玉逮捕を暗喩しているのでしょうね。

    1. 素晴らしいコメントをいただき、ありがとうございます。グッときました。
      お書きになった通りのことを感じます。
      大人になってから再放送を見て、涙が溢れました。

  12. グレースのラストシーンの微笑みが、本当に美しく、儚くて、ずっと記憶に残っています。
    そんなわけで、コロンボで思い出すのはこの回ですね。

  13.  去年初めて見て、今日録画で2度目を見ました。
    そしてこれはかなり評価の別れる作品だと思いました。
     ネッド・ダイヤモンドの渋い男らしさには惹かれるものの、犯人グレース・ウィラーには全く共感できません。余命いくばくかという病のせいで哀れさは感じるが完全に自己中心的な性格は見ていていらいらが募りました。(始まって間もなくの機関銃のようなトークからしてそうでした)
     これはそういう彼女を優しく包もうとした夫、ダイヤモンドそしてコロンボに焦点を当てた作品なのだと思います。
     とは言っても夫は妻に病気のことを明かし、過去を懐かしみながら余生を心安く過ごさせるべきだったのではと思います。寝室を別にし、バカ話の本を読み、重い病気とは言え、しゃにむに妻の再起に反対したのは、もともと愛はなかったと言いながらもとるべき方法ではなかったと思います。
     コロンボは珍しく犯人を見逃すことにしましたが、それなら「死者のメッセージ」のおばあちゃんを見逃してやってほしかった。グレース・ウィラーは捕まったとしても病気と記憶喪失で釈放される可能性がある。
     この話は犯行の手口や解明がどうこうと言うより人物の性格、行動に興味のわく珍しい作品でした。

  14. このエピソードは、皆さんが書かれているように晩節を迎えつつある私のような年代にとっては、涙なしには語れませんね。
    事件解決の場面では、高揚感に満ちたグレースの命の絶唱が際立っており、衝撃を受けました。
    悲しいエピソードながらも人生を生き抜くとは一体何なのかを考えさせられました。
    グレースの人生は、本人にその自覚識がなくとも
    二人の男性の愛に満ち足りた幸福な人生だったと信じています。
    文句なくNO.1の作品だと思います。

  15. おそらく年代別で価値観が変わる作品でしょうね。
    コロンボファンの中心層はおそらくちょっとオジサン(というのもアレですが)かと思います。
    この年代で推理モノや映画好きの人は「こうした空気の作品」としか言いようが無い演出や作りに
    作品性の品格みたいなのを感じる場合が多い。
    20代後半くらいまでの若い人ですと、当然話の筋や
    演出・女優の名演を感じつつもつまるところ
    「利己主義・個人主義」を感じすぎてしまいどうも
    好きになれないんじゃないでしょうか。
    こういう私もジョン・ペインこそこの作品の核と思ってますし。
    この作品の人気というのはつまるところコロンボ作品での異質さそのもの、推理モノとしてある意味定番でもあり反則とも言える犯人に記憶障害と寿命を
    設定させた作品、という事が主要なんでしょうね。
    犯人を裁くのはあの世~天に任せる、という結末を
    良く感じるか悪く感じるかは人それぞれだと思いますが、年配者ほど受け入れられるテーマかなという気がします(※だからといってそれが正しいというわけでも勿論ありませんが)。

  16. この作品がどうして人気が高いのかがどうしてもわかりません。
    「別れのワイン」と比較されますが、「別れのワイン」の犯人が同情を誘うのは、やむにやまれぬ事情と、ワインに対するなみなみならぬエキセントリックな愛です。
    が、この女は自分自身の栄達、栄光を取り戻すという自己愛が動機。そんなことで殺されたらたまったものじゃありません。脳の病気で仕方がなかったんだ、という説明も出来ますが、あくまで「仕方ない」であって涙なんか誘いません。仮に抑制が効かなくなったとしても、その犯行とそれを隠蔽するアリバイ作りは周到に行なわれ、もとからそのような自己愛とエゴに満ちた人格であるということを証明しています。
    もう一つ、「祝砲の挽歌」とあわせてこの三作が同情をさそう犯人であるといわれていますが、祝砲の挽歌の犯人も卑劣で同情できません。こちらは完全に無辜の若者に罪をなすりつけようとしています。グレースも、健忘症にかかっていなければ平気で他人に罪を擦り付ける人物でしょうね。

  17. こんにちは。
    ジャネット・リーは役柄上ではコロンボより相当年上に設定されていたのですね?!
    実は同い年位でしたでしょうに。。
    演じきった彼女の女優魂に情熱を感じました。
    でも役の中での彼女は、かつての栄光・美しさに執着しすぎてしまったのだろうと思えてなりません。
    観客の拍手喝采、自分を照らすスポットライト・・・夢のような出来事として、彼女は過去に葬り去ることは出来なかった。
    今の自己を認め、愛し、幸福を希求できなかった。。。
    それが夫殺しを思いついた引き金となった。
    でも。
    彼女の正常な判断力を奪い去る進行が、彼女自身の内部でなされていた。
    その結末に愕然としました、初めて見た時は。。。
    単に忘れてしまう、だけではなくて。
    人として、社会人常識というものを欠落させて生きる結末の一つを、彼女は示してくれました。
    活き活きとした瞳で。
    ラストシーンのダイヤモンド氏の惚れ惚れするような粋な姿と、コロンボの深いため息混じりの頷きと、対をなすような彼女のキラキラした瞳とが、すべてが必要不可欠な要素だったと思えてならないのです。。。。この物語の味わいを深めるのには・・・。
    最後まで彼女は昔の自己に浸りきり、美しく華やかな大スターとして天国心地で生きる。
    深い夫の愛情に気づけなかったからには、死して後、それなりの反省はするのだろうが、何といっても、今の心=「念」をいつも目の前の過去の華やぎに置く限り、幸福の極みに居られる彼女は、哀れなどではない。
    私達もやたらストレスにやられるばかりではなく、彼女から何かを学ぶべきだろう。
    という思いも沸きました。
    それにしても・・・本物の紳士達に命がけで守られる彼女は、きっと、とても一生懸命に打ち込む人で、大輪の花の魅力を醸し出す、ホンモノのオンナだったのでしょうね。

  18. ジャネット・リーの晩年を知る貴重な出演作でした。コロンボはファーストオンエアから何度も見ています。コロンボというより、ゲストスターを見るのが楽しみですね。
    こういうドラマを作ることが出来た時代。インターナットも、PCも、スマホも・・・なにもなく、アメリカが輝いて見えた時代。そんな時代の貴重な映像作品は、永遠に色褪せないでしょう。
    数々のゲストスターも、主演を演じきったピーター・フォークもみんな鬼籍に入ってしまいました。

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